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和子さん、突然歩けなくなる

それから3日後、和子さんは布団から出ようとして自分の体の大きな異変に気がついた。布団から立ち上がれないのだ。

「お父さん、お父さん」

「どうした、なんかあったか?」

「なんか変なの。布団から出られないのよ」

「はあ、何言ってるの? 布団から出られないって、どういうことそれ」

「だって、布団から出ようとしても立てないのよ。全然脚に力が入らないんだから、どうしたらいいかわからないわ」

「脚に力が入らないって、両足とも?」

「そう、両脚の力入らなくて、踏ん張れないの」

「手の力は普通か?」

「手は両方とも動くのよ、普通に。力も入るし」

「俺の手を握ってみろ。ちゃんとつかんで、立たしてあげるから」

そう言うと敬一さんは、立ち上がって和子さんの両手を持った。そしてその両手を引き上げて和子さんを立ち上がらせようとした。和子さんは手には力が入るようで、敬一さんの手をしっかり握ったが、上体は引っ張り上げられても、そのままへたり込んだ。

敬一さんは事の重大さに気がつき、和子さんをすぐに病院に連れて行くことにした。

「田中さん。奥様の脚が動かないのは、対麻痺という症状によって下肢が脱力しているためです。今のところ原因はわかりませんが、脊髄を整形外科の先生に診てもらった方がいいと思います。よろしいでしょうか?」

和子さんの友人から紹介された老年科の黒木医師は、そう言うと院内の整形外科に紹介状を書き始めた。

田中夫妻は、午前9時から大学病院に来ていた。老年科からの紹介で整形外科の森医師に診てもらうことになった。森医師は、すぐにMRIが必要であると判断し、緊急にMRI検査が実施された。検査が終わって、しばらく待ち時間があるとのことだったので、田中夫妻は慌ただしく昼食を済ませた。実は、和子さんはこのときにラーメンを食べたが、本人は何を食べたのか、後日全く思い出せなかったようだ。夫婦揃ってうとうとしはじめた頃、ようやく田中夫妻は呼び出しを受けた。診察室で森医師は、MRIの画像をモニターで見ながら、和子さんに対して次のように言った。

「脊髄に腫瘍があります。これは転移性のガンである可能性が否定できません。詳しくは黒木先生から聞いてもらったほうがいいかもしれません。老年科の外来にまた行っていただきます。移動が多くてお二人にはご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします」

ということで、また老年科の外来に回された。

結局、黒木医師の2度目の診察を受ける頃には、時計はすでに午後4時を過ぎていた。

「田中さん、整形外科の森先生からはどのような説明を受けましたか」

少々深刻な顔つきで、黒木医師は和子さんに尋ねた。

「黒木先生に聞いてほしいと。転移性のガンかもしれないと言われました」

ワンポイント解説

対麻痺(ついまひ)

対麻痺とは、左右両方の下肢が麻痺してしまう状態のことをいう。対麻痺が起こる場合、その原因として、脊髄の損傷が考えられる。脳の障害で起こる場合もあるが稀である。反対に、体の片側が麻痺するケース(片麻痺)では、脳の損傷による障害である可能性が高い。