突然に彼が私をぐっと引き寄せる。彼がまたキスを求めてきた。大通りだぞ、おい。そのキスは大胆にも私の背中を反らし、苦しくなって吐息が漏れるも彼はそのままだ。私の自由はどこかへ行ってしまった接吻だった。私はだんだん身体の力が抜けていってしまうので、どうやら少しの理性が働いたようだ。私が力を込めて彼から唇を離す。何秒か、かかったかもしれない。もう無理よ。

そして私たちはまた歩き出した。デ・プレ教会の前まで来ると彼がまた私に聞く。

「わかる?」

「たぶん」

とまた答える私。私も英語が堪能ではないため、同じ単語を駆使して伝えるしかない。彼も同様なのかもしれなかった。もうちょっとで着くから大丈夫。そんな足取りでも、彼はまだ心配だったろう。デ・プレ教会の大きな交差点をレンヌ通りに入る。パリの交差点は放射状になっているため一本間違えるとこれが大変なことになる。日本の碁盤の目の感覚で歩くとパリでの迷子の始まりだ。アルマーニの前を通り、反対側にカルティエ、少し歩くと私の好きなスーパーマーケットのモノプリ。その先を右に折れるのよ。

「あそこなの。ホテル・サンジェルマン・ドゥ・パリ」

私が立ち止まると彼がホテルの看板を見ている。

「Hotel Saint-Germain de Paris」

たしかにそうだと少しわかってくれたようだった。彼がまたキスをする。私もちょっと慣れて素直に応じる。彼が「先に入って」と言う。私は軽く別れの挨拶をして入ろうとすると後ろからついてくる素振り。そのつもりってこと!? 私はあわてて「ノー」と断る。そりゃあ、ここはパリだけどそんなゆきずりのアバンチュールを求めてやってきたわけじゃないわ。などと英語で伝えられるはずもなく、結局出てきた言葉は「あなたなんて知らないわ」だった。

「どうして!?」彼は驚いた表情をする。

「あ、違った、あなたについて何も知らないのよ」

私が首を振って、もどかしい表情をすると、彼はすぐにわかってくれた。

「ああ、そうだね。じゃあ、なにか飲みに行こう」

私が泣きそうになっていると、彼が私の肩を抱き、

「大丈夫だよ。なにか飲みに行こう」

と私に一生懸命説明し、「ドリンク、ドリンク」と繰り返している。私はあなたとどこかのお店でおしゃべりしたかったの。と英語で言ったつもりだけど、伝わったかな。それから彼は店を探す。もう午前零時を回っているだろう。大通りまで戻ってその交差点を左に行く。私が昼間迷った道だ。しばらく行くとメトロに出る通りで、右手には私の好きなマックスマーラがある。その先に明かりが見える。そうして私たちはようやく、とあるカフェで落ち着くこととなった。

幾度かめくるめくキスを交わしたあとの二人だった。

まだデート続くよ秋の灯も見える

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『Red Vanilla』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。