「ケンさん、元気そうでよかったー! 三カ月ずっと来れなくてごめんね。本当に長かったわ」
「いえいえ、また来てくれて嬉しいですよ」
ジュエリーデザイナーのタカハシさんが一番に来店した。オーガニックカラーがお気に入りで、二カ月に一度は必ず来店していたが、間隔があいたので色が抜けていた。前回よりもアッシュの割合を多めにして、グレーとイタリアンイエローを混ぜて、上品な明るい表情に合う落ち着いたカラーに仕上がった。
「また素敵なカラーね。艶も出て綺麗だわ」
「イエローを入れてますけど、明るくなりすぎなくて、お似合いですよ」
「ありがとう。今日は一番にケンさんのところに行こうと決めていたから、このまま出勤するの。キラキラだわ」
その笑顔が何よりも嬉しかった。トウルルルーと電話がなった。
「はい、オーシャンです」
「どうも、お久しぶりです。ヒグチです」
「あーヒグチさん、こんにちは」
「久しぶりです。急ですみませんが、明日の夜九時でも予約いれられますか?」
「もちろんですよ。ヒグチさんのために夜は空けておきます」
「あざーっす。いつも助かります」
三十代半ばで有名企業に勤めるヒグチさんは、毎月のようにずっと通ってくれていた。プレゼン前夜、九時にカットに来るとその足で会社に戻ってまた準備する。重要なプレゼン前に行う儀式になっていた。そんな人生の大事な局面に関われると思うと、彼のプレゼンが成功するように、最高のカットに仕上げようと俺も気合が入った。
お昼には五歳の男の子と三歳の女の子を連れて、近くに住むウチダさん夫婦が来店した。
「ソラが、ケンさんがコロナにかかったら悲しい、って泣いて心配していたんですよ」
男の子は真剣な眼差しで一心に俺を見つめると、脚に抱きついてきた。
「もうそんなに心配されるおじさんになっちゃったかな、俺」
「これあげる」
と手渡されたのは、画用紙にクレヨンで描かれた絵日記だった。
――ママとケンさんのところにいって、かみをかっこよくしてもらいました。
髪をツンツンにたてて中央に座っている男の子、その横に手にハサミをもって立つ俺が描かれていた。ハサミまで描いてくれて、子供ってよく見ているんだな。
「ソラ君、俺のことも描いてくれたんだね。うれしいなあ」
そう言われて、照れくさそうに顔を俺の脚にひた隠して、また両手でぎゅっとしがみついた。その頭をそっと撫でた。
「ハルはママとケーキを作ったの、ケンさんのため」
妹のハルちゃんもケーキの箱を差し出した。中には焼きたてのホールチーズケーキが入っていた。
「うわー上手だね。チーズ大好きなんだよ。美味しそうだなあ」
母親の手を離して、俺のもう片方の脚にぎゅっと抱きついてきた。
「あー、すみません。この子達ったらケンさん大好きだから」
愛情いっぱいのウチダさんとその子供達。幼な子の純粋無垢さがまぶしかった。