注文のいらない料理店です

ゴキブリは嫌いだ。

この家に転居してくる前に、薬を焚き、四角いコンクリートの中にゴキブリがいないことを確認して入居した。以来五年、室内ではゴキブリは見ない。ゴキブリだって自然に湧くわけではない。必ずどこかから入ってくるのである。

その信念のもと、ベランダの戸の開け閉めには気を遣う。ベランダで彼らに会うことがあるからだ。

朝、何気なく見ると隣との境に、ゴキが二、三匹息絶えている。お隣が薬を撒いたらしい。掃除をして私も薬を撒く。ゴーグルをしてマスクをして、ベランダの壁側にゴキジェットを噴霧する。夏はよほど暑くない限り網戸で過ごすことが多い。

ある晩のこと、寝るのでガラス戸を閉めようとレースのカーテンを開けた。と、ベランダにゴキブリらしきものが。こっちをうかがっているのか動かない。

そうっと台所に戻り、ゴキジェットを持ってきた。わずかに網戸を開けてゴキに向かってシューッ。奴め、もだえるからもう一度、シューッ。おまけにもう一つ。これでいい。片づけは明日だ。

翌朝、ティッシュペーパーを片手にカーテンを開けた。ギョッ、ギョギョッ。なんと、そこに転がっていたのはキイロスズメバチだった。昨夜私のシューッが一瞬遅かったら、向かってこられていたかもしれない。今頃私がダウンしていることになる。

なんで夜のベランダにスズメバチがいたのだろう。パソコンで調べた。明かりに集まる虫を捕りに来る習性があるらしい。そう言えば先日ヤモリも来ていた。彼も集まる虫を食べに来たのだ。フェンスに乗ったまま、近づいても動かない。

珍しいので写真に撮った。彼のお目目はくりくりしてかわいかった。いやー、明るい我がベランダは、小さな生き物たちのレストランになっているらしい。ご自由にお召し上がり下さい。ご注文は不要でございます。今度はどんなお客様がお見えになるだろう。

なお、夜間はゴキジェットをお出ししません。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『午後の揺り椅子』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。