「どうだ、静香の作ったトコロテンがある。皆で食べて行っては……」

「は、それでは頂きましょう」

新之助はよどみなく答える。三人は食べ物には目がない、と言うことを知っているのだ。

道場から出て、隣の座敷に入ると、涼しげなトコロテンが用意されていた。静香がいそいそと、箸を置いている。新之助は、膳の前に座る。三人も新之助に従って座る。静香がにこにこと、「どうぞ」と言った。それを待っていたように、三人は小鉢を取り上げ、音を立てて食べ始める。

新之助も、食べ始めた。良く冷やされて、酢醤油の味が丁度良く、おいしい。静香は、じっと新之助ばかりを見ている。新之助が食べているのが、嬉しげに見えるようだ。三人は見て見ぬふりをしていた。

「おいしいな!」

「うん、おいしい」

それぞれ言い合いながら食べる。ちらっと静香を見るのである。新之助は言った。

「静香さんは先生の一人娘だ」

「ほう、幾つになられる?」

遠慮なく聞いたのは木村だった。

「さて、幾つだったかな?」

新之助ははっきりとは言わない。

「はい、二十一歳です」

静香が言った。

「それでは、もうお婿さんは決まっておりますか?」

立花が言う。

静香は頬を染め、首を振った。

「いいえ、まだです」

そして新之助をじっと見るのだった。三人は、目と目でうなずき合った。これはどうも、新之助が好きなのだろう、という直観だ。三人はうなずきながら、また静香と新之助を見るのだった。

それで、風雲流の道場を新之助と三人はおいとましたのだ。

「あれは、新之助が好きなんだと違うか?」

「そうだと思う」

「おれも、やっぱり新之助が好きに見えた」

三人とも同じ意見だ。三人は新之助を見た。新之助は、

「いや、私はご用のお勤めがある。道場のことは知らないよ」

至極あっさりと言う。

「でも静香さんが……」

「静香さんがどう思おうと、私の決心には揺るぎがない」

新之助はそう言う。三人は黙った。三人の頭には、料理茶屋の麻衣の姿が浮かび上がったのだ。ははん、新之助は、麻衣が好きなのだな? 三人はそう思った。

それにしても新之助は、静香さんに思ってもらって、麻衣まで好きなんだ。もてる男は違う、と三人は思った。麻衣はこの頃、新之助をあまり嫌いでないようだ。だが、好きとは違う。少し受け入れているようだった。

三人はそんなことを考えながら、歩いていた。「俺たちも、いつまでも新之助にまとわりついていてはいけないぞ」と思っていた。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『紅葵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。