和子さん、突然歩けなくなる

和子さんは毎朝掃除するのが日課だ。本当に毎日掃除する。まず、掃除機をかける。そしてフローリングにモップがけをする。それも今どきの使い捨てマイクロファイバーモップを使用する。最後に雑巾がけまでやる。これはホコリがたまりそうなところを中心にやるのだが、ほとんどの棚やテーブルは雑巾がけをしてるようだ。つい最近、古い掃除機のホコリの吸い込みが悪いと、最新鋭サイクロン掃除機を購入した。

吸引力がうたい文句の掃除機だけあって、本当にホコリがよく取れる。毎日掃除機をかけているのに、新聞紙の上にてんこ盛りになるくらいのホコリが取れるのである。ハウスダストアレルギーがあると思われる敬一さんは、和子さんがホコリを回収し出すと、何も知らずにくしゃみをしているようだ。

「あんたが掃除したあとは、なんだか知らんがくしゃみが出るよ。逆にホコリを撒き散らしとらん?」

「そんなわけないじゃない。いつも見てるでしょ、あのホコリ。あれだけ毎日取ってるから、うちは他の家と比べると、ほとんどホコリがないと思うわよ」

「それもそうだなあ、でもここにいるとくしゃみが止まらん」

「じゃあ、あっちに行っててよ。どっちにしても邪魔になるしね」

「はいはい」

何とも微笑ましいが、無知とは怖いものである。毎日午前中に、敬一さんはくしゃみをしていた。

「いまだに俺のことを噂するやつがいるのかなあ」

なんて、のんきなことを考えながら。

ワンポイント解説

ハウスダストとは、室内のホコリのことで、アレルギーを引き起こすいくつかのアレルゲンが混合したもの。ペットなどの動物やヒトの皮屑(フケ)、カビ、ダニ、および細菌などが含まれる。ハウスダストアレルギーといった場合、その多くがチリダニの仲間の虫体および糞などが交じったものに対するアレルギーであることが多い。すなわち、ダニアレルギーとほぼ同義である。

その日も和子さんはいつものように掃除機をかけていた。朝から体がだるいと思ってはいたが、特に気にすることもなく1階のリビングから掃除機をかけはじめた。

掃除機を縦横無尽に動かす手も順調、下の部屋の拭き掃除も終了。さて2階に上がって寝室の掃除機がけでもやろうかと思ったときであった、異変を感じたのは。

「あれ、脚が重い。それに掃除機が重い」

掃除機を手に持って2階に上がろうとしたところ、うまく体が動かなかった。脚がうまく上がらないのだ。

「なんか変ね、ふくらはぎがつってるわけでもないのに、脚がうまく動かせないわ。どうしたのかしら? ちょっと疲れたのかもしれないわね」

そう考えた和子さんは、しばし、階段の3段目のところあたりに座り込んで休憩した。何とかその日は無事に2階の掃除を終えることができたので、和子さんは階段での不具合を疲れたせいと思ったきり、気にせずにその日一日を過ごした。

次の日から、和子さんはあまり下半身に力が入らないことにやや不安を感じていた。歩くのもやっとのことで、ふらつきが強くなっていた。それと同時に、便意がなくなっていた。この3日間、全く便意を感じなくなっていた。さらには、小便の排出もままならなくなってしまった。自分で下腹を押さえないと出ないのである。

「なんか変だわ、私の体……。大丈夫かしら、病院に行って見てもらった方がいいかもしれないわ」

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『改訂版「死に方」教本』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。