監督は言った。

「大半は決めているが、これからさまざまなことを決めなければならない。君の意見も取り入れていく。この作品は、主人公の詐欺男がどのようにして詐欺の手口を身に付けていったかがポイントになっているのだと思う。その点は、私もいろいろとアイデアを考えたいが、君も意見を言ってくれ。ただし、最終的には私が決めるが、いいかな」

「かまいません」

と、俺は言った。うまい具合にいくかはこれからだが、第一印象では少し失敗した。ただし、その後はいい感じで話せた。拙い自分の脚本を監督がどういう映画にするか、聞いてみた。

「言うことは簡単だが、あまり先走っても仕方ない。今は大まかに決めているだけだから。ところで、ラストシーンを君は哀しい終わり方にしているね。私は、主人公がハッピーエンドで終わるというのもいいのではないかとも思っているのだが、君はやはり、哀しいほうがいいかな」

俺は、

「大きなところは監督さんが決めていいです」

と、言った。

「だめだよ。私はね、お互いが忌憚なく話し合える関係にしたいのだ。意見は遠慮なく言っていいから」

と言ってきた。

『映画について、あなたはどう考えてますか?』

本当はそう聞きたかった。自ずからあれこれとアイデアが毎回浮かぶ映画監督という仕事とは、どんなものなのか。そちらに興味がわいた。ただ、俺にはまだ言う資格がない。お互いの信頼を勝ち取ってからでないと。だけど、この脚本に込めた思いのようなものだけは伝えようと思った。

「ハッピーエンドがいいか、俺にはわかりません。だけど、哀しい方がいい気がします。なぜなら、その方が観客が感情移入できるからです。ハッピーエンドはいい気持ちになれますが、哀しみは気持ちが満たされないまま終わります。でもそれがいいのです。映画はずっと心に残る気がします」

「なるほど。君の意見はわかった。おおまかには、君の意見に沿いたいと思う。映画化にあたっては、他に意見はあるかい?」

俺は、ありません、と答え、丁寧に挨拶をして別れた。

街灯が灯りはじめた帰り道、俺は監督の言葉を反芻していた。確かな言い分は何もなかった。監督に気に入られたか、それとも嫌われたかもわからなかった。

ただ一つ確実なことは、俺の脚本が映画化されるということだった。うきうきした。ただ単純に嬉しかった。俺は必ず成功する。俺はいいかげんな人間から成功者になる。大きな仕事を得た満足感が俺を満たしていた。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『いたずらな運命・置き去り 【文庫改訂版】』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。