「お寿司、食べに行こっか」

ずっと佑子を観察するようにしていた恵さんは、退場する観客の流れの中でそう言う。響く太鼓の音が、名残惜しさを誘う。

寿司店のテーブルに向かい合って座ると、恵さんはものも言わずにグラスビールを一息で飲み干した。こんな飲み方するヒトじゃなかったんだけど、と思いながら佑子もグラスビールに口をつける。

「私らしくない、って、飲み方見ながら思ってたでしょ」

上目遣いに佑子を見ながら、恵さんはいたずらっぽく笑う。

「しゃべる職業に就いてるから余計に、落語聴くと打ちのめされるのよ」

ふう、と一息。

「落語家さんは、何年も何年も修業を積んであの域まで到達するの。現代の感覚とは違うシステムだけど、ユーコちゃん、どう思う?」

恵さんに鍛えられた三年間は、もしかして修業期間だった?

「私たちは、採用されたらそのまま先生って呼ばれる。授業聞いてない生徒に聞きなさい、って言うこともできる。どっちが正しいのかなって、考えちゃうこともあるよ」

特にそれらしく声を作っているわけでもないのに、子どもは子どもの、女性は女性のリアリティーが描かれていた。有無を言わせずに落語の世界に引きずり込まれていたのは確かなのに、それは快感だった。多分、それと知らなかったら街中ですれ違っても、ただのおじいさんなのだろうけれど、その言葉の力って、不思議だと思う。

ん? と、恵さんは、今度は無言で佑子の瞳を見つめる。その無言の問いに、佑子は気の利いた答えを用意できない。ただ笑い、ただ感動していただけだった。正解すればマルがもらえ、計何点というものではない問いが、やっぱりあるんだ。