第一章 伊都国と日向神話

2.古代ヤマトの軍事的地勢
 

これまでの著書で、『記紀』神話は、『旧約聖書』をベースにして、ユダヤ系秦氏が深く関与していることを立証してきた。続いて魏志倭人伝の記述を精査して、邪馬台国時代の軍事的地勢についてもはっきりさせなくてはならない。

特に九州の自然環境は、その山河を要塞・攻守の要として利用することで、覇権国がその優越性を維持していくためには、不可欠の軍事的要素になるからである。そこで「倭人伝」が記した倭国内の軍事対立と、政治支配体制について再検討する。

まず軍事的対立を述べた部分は、邪馬台国の南に在った「狗奴国(くなこく)」のことである。

その南に狗奴国あり、男子を王となす。その官に狗古智卑狗あり。女王に属せず。倭の女王卑弥呼、狗奴国の男王卑弥弓呼と素より和せず。倭(の)載斯烏越等を遣わして郡に詣り、相攻撃する状を説く。

方位を示す「南」のことであるが、邪馬台国の位置が近畿でも北九州でも、「その南」は現在の熊本県である。肥後菊池郡に比定できる。狗奴国の官が「狗古智卑狗」となっているが、男王の名前であると思われる。

菊池郡を本拠とする「キクチヒコ」が、女王卑弥呼の争う相手である。

あとの引用文では、その男王の名前が「卑弥弓呼」であると述べている。学説では「弥」と「弓」が入れ替わっていて、「卑弓弥呼(ヒコミコ)」が正しいと言われる。

「キクチヒコ」という名前の「ヒコミコ(男性のミコ=覡)」が狗奴国の王であったことを、「倭人伝」は伝えている。そして両国が相戦った様子を、邪馬台国の遣いである載斯烏越((戴斯烏越)たいしうえつ=武内宿祢(たけしうちのすくね))が、帯方郡に上って報告したのである。

狗奴国の王=ヒコミコ(覡)のキクチヒコ。邪馬台国の女王=ヒメミコ(巫)のヒミコ。相戦う二つの国は、神に仕えるカムナギを王とし、また神意を伺う特殊な宗教政治体制にあったことが理解できる。

カムナギとは巫覡(ふげき)のことであり、巫は女性・覡は男性のシャーマンである。

前著で述べたことであるが邪馬台国は、宗教分野を女王卑弥呼が担当し、出雲本国の大国主や大和の饒速日(大物主)が政治分野を受け持つ、いわば政教分離の国であった。だから神降ろしは卑弥呼が行ない、それが「戦え」という神意なら、今度は出雲の出番になったのである。

ところが出雲はユダヤ系首長の国(前著)であり、狗奴国との戦いの報告にも、出雲圏のユダヤ系人材が遣魏使として選抜された。先の「載斯烏越( 戴斯烏越(たいしうえつ)=武内宿祢(たけしうちのすくね))」もユダヤ系であり、この前途有望な若者はその後、邪馬台国の政治的な中心人物として、数代の天皇側近となって活躍するのである。

出雲がユダヤ系首長の支配する国であったことは、前著「追記9:発掘された出雲大社本殿と「ダビデの星」」の中で、数学的公式を使用して証明済みであるから、これを参考にしてほしい。

すなわち発掘された巨大本殿(長方形)の長辺(東西梁間13.4m)÷短辺(南北桁行11.6m)=1.1552であり、長方形に「ダビデの星」が内接する場合の理論値は、2÷√3=1.1547ある。1.1552-1.1547=0.0005である。

100mにつき5㎝の誤差に収まる精度で、発掘本殿には「ダビデの星」がピッタリ内接しているのである。

さてここで難しいことは、邪馬台国と出雲国が「政教分離国家」であると同時に、両国がその宗主国である「漢」や「魏」の間接支配を受けていたことによって、倭国内の政治情勢は一層ややこしくなってくることである。

ここは非常に大切な部分であるから、慎重に筆を運ぶ必要がある。魏による「間接支配」の文献証拠が、「倭人伝」に残っている。

a.東南陸行五百里にして、伊都国に到る。官を爾支といい、副を泄謨觚・柄渠觚という。千余戸あり。世々王あるも、皆女王国に統属す。郡使の往来常に駐(とど)まる所なり。

b.女王国より以北には、特に一大率(いちだいそつ)置き、諸国を検察せしむ。諸国これを畏憚(いたん)す。常に伊都国に治(ち)す。国中において刺史の如きあり。

aの読み方で問題になるのは、「世々王あるも、皆女王国に統属す」のところである。この原文は「丗有王皆統属女王国」となっており、「皆統属女王国」の部分を主語+動詞+目的語と並べる漢文の標準的な語順通りに訳せば、《(伊都国王の各王)「皆」は、「女王国」を「統属」する》のである。

代々の伊都国の王たちは、女王国(邪馬台国)を「統属」させて、間接支配下に置いた、と述べているのである。

またbの文は主語の明示がないが、「女王国」ではない。「倭人伝」では伊都国から遠く、多くの日数をかけて水行・陸行したのちに到着する「女王国」である。

従って「常に伊都国に治す」=「常に伊都国に(都して国を)治める=間接支配する」のが魏であるなら、文脈に不思議はないが、それが女王国・邪馬台国とすれば、「倭人伝」と矛盾する。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『ユダヤ系秦氏が語る邪馬台国』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。