武史はいったいどこから来て、何者なのか。何のために医者になろうとしているのか。理性と知性だけでは割り切れない何かと戦っていた。普段は忙しさの中で謀殺されていた感情が表面化して眠れぬ日々を過ごしていた。

時間だけが過ぎたが、被害者はまだ意識を取り戻さないまま、武史は警察や、病院の顧問弁護士とともに現場検証に行った。幸い目撃者がいて、バイクのスピードもあまり出ていなかったこと、被害者が急に飛び出したことなどを証言してくれたので武史には大きな過失は認められなかった。

事故後のけが人への対処も良かったこともあり、医師としてのキャリアに傷がつくことはなかった。

だが、依然として目覚めない被害者が何者かという疑問だけが解決できないことが歯がゆい毎日だった。もしかしたら、双子の兄弟なのかも。この世で唯一の肉親ならば、話したいと思うか、それとも。この時、武史は人間としての情を知りたいと渇望していた。呪われた真実に気が付かない間はまだ人間らしさを残していたからだ。

武史は看護師から被害者の母親が仕事に戻ったことを聞いて、密かに彼の病室を訪れた。ICUの中で頭部から顔にかけて巻かれた包帯が痛々しかった。普段たくさんの患者に接してきたけれど、この時ほど胸が締め付けられるような感覚はなかった。いつも冷静な武史にすれば、まるで初恋の女性に会ったような電撃が全身を貫いた。それは同じ遺伝子を持つものだけに抱く感情だと気が付かずに胸の鼓動だけが高くなっていた。

包帯の下の顔はやはり、自分と同じだった。自分が横たわっているようだ。

「何だろう、この感じは」

胸を押さえ震えた。思わず口をついて言葉が絞り出された。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『双頭の鷲は啼いたか』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。