マニラを訪れる人たち

「チャイナタウンにはもう行きました?」

と聞かれたので

「まだです」

と答えると、即行き先はチャイナタウンに決まった。

ホテル前でタクシーを捕まえると

「プムンタ・サ・サンタクルツ・ポ(サンタクルツまで行ってください)」

と丈はドライバーにタガログ語で指示した。

マニラの下町情緒あふれるエスコルタ通りを抜けると荘厳なサンタクルツ教会が現れた。その向かいに中国風の門があり、その前でタクシーを降りた。

「ここから先がマニラのチャイナタウンですよ」

と丈が教えてくれた。なるほど、雰囲気がどことなく中国風で漢字の看板も結構ある。チャイニーズゴールドという純金のアクセサリーを売る店や中国の雑貨や食材を売る店等エルミタにはないような店が並んでいた。お菓子やフルーツを売る露店も出ている。

道は奥に進むにつれだんだん細くなり、オープンエアの屋台街が現れた。各屋台とも色々な食材を並べ、それを白熱灯が(まばゆ)いほどに照らし出している。結構混んでいるようだ。後は丈に任せるしかない。

席の空いている屋台の前のテーブルに着くと、食材を見て丈が料理を注文した。そして生暖かい夕方の風に吹かれながら、氷入りのビールで乾杯した。たまにはこんな所で食事をするのもありかなとしみじみ思う。

ここでも丈は何でも話したし、正嗣も何でも話せた。丈は小学校から高校まで日本で教育を受け、その後フィリピンにもどりマニラの大学を卒業したそうだ。

「フィリピンって国はまるでおもちゃ箱をひっくり返したような、色んなものが収まりつかず散らばっている所なんですよ。日本の常識は全然通じないし、何が起きても不思議じゃないし」

「まだ二ヵ月ちょっとですけど、段々分かってきました。奥が深そうですね、この国は。治安も相当悪そうだし。ホールドアップの話もよく聞きます」

「警察がほとんど機能してないですから。警察の連中には(ワル)が多いですよ。気をつけてくださいね」

「交通違反とかで捕まるとすぐ金をせびられるって聞きますけど」

「彼ら、給料が安いからしょうがないんですよ。そういう副収入がないと生活できないし。でも逆の発想をすると、何でもお金で解決できちゃうってことは結構楽ですよ」

そういう見方もあるんだなぁ、と正嗣は感心しつつ聞いていた。丈が更に続ける。

「街中でマリファナを売っている連中も警察と(つな)がっているから気をつけてくださいよ。あいつらマリファナ売って儲けて、その後警察に通報して情報料をもらっている」

「自分で火を付けておいて、自分で消す。一粒で二度美味しいってやつですね。話変わりますけど、ジョーさんはまだ結婚してらっしゃらないんですよね」

「マニラに住んでいれば結婚する必要ないですよ」

「どういう意味ですか。温かい家庭とか欲しくないんですか」

「結婚なんで百害あって一利なし」

「何かあったんですか」

「いや、色々なケースを見ているし、子供なんかできた日にゃあ、人質を取られたようなもんじゃない」

「そうなんですか」

子供を人質に例える人は初めてだったので何となく新鮮に聞こえる。