事務所を訪問し、監督と会った。せっかく映画化の話をくれたのに疑ってしまったことや、挨拶が遅れたことを謝罪したあと、大切な話を忘れそうになった。映画化するということは自分にいくばくかの金が入るのだということを確認したかったのだ。脚本代はいくらなのかを知りたかった。だけど、監督の話に耳を傾けているうちに、金のことを切り出せなくなってしまった。

監督は映画の話しかしなかった。おもしろい話だとか、コミカルに軽快に表現したいだとか、配役は誰にしたいだとか、俺には関心がないことばかり話していた。

俺は、

「あなたを一番頼りにしています」

と答え、

「うまく映画が成功することだけを祈ります」

と、上を仰ぐ部下のように、心にもないことを言った。

俺の関心は、金だった。ただ、その一点だったのに、監督は芸術作品しか作らないかのように高尚な話を繰り返していた。コミカルな話を心温まるストーリーに仕上げたがっていた。

俺は、

「かまいません。監督さんの好きに話を変えてください」

と、言った。

監督の意向どおり変えたからといって、俺が気にするはずがなかった。気になっているのは、いくら俺に払ってくれるのか、何とか俺が有名になれるのかだけだった。

金というものは、人を変えるのだ。華やかな生活に、今は憧れた。

追う立場を終わりにしたかった。認められたかった。俺が他の仕事でなおさら頑張ったからといって、チャンスは多くないはずだから、この機会を絶対逃さない。

使えるだけのお世辞を使った。

だが、監督はこう言った。

「たかが映画だ。我々が作っているものは娯楽に過ぎないかもしれない。だが、お互いがいい関係を作らないと失敗に終わる。お互いが信頼できないと、そこで終わりになる。今からが大事だ。繰り返すが、今、我々がお互いのことを信頼できるか否かにかかっている。君の言葉は、少し、その信頼には値しない。映画が成功するか否かは、全てこの関係にかかっている」

俺は監督に気に入られようとしたが、反対の結果になったようだ。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『いたずらな運命・置き去り 【文庫改訂版】』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。