虎谷屋の怪

「えい……」

とばかりにパクンと食べた。これがおいしいのである。

「おっ、おいしい……」

「ね、ここの饅頭は、評判なのだから」

麻衣は、もう二つ目を頬張っている。新之助の時も同じだった。新之助は饅頭が大嫌いなのだ。だが、麻衣と一緒に食べると、案外うまく食べられたのだ。林太郎も、麻衣と一緒に食べるとおいしく感じた。

麻衣は三つ目を食べている。さすがに、林太郎は三つも食べられない。懐紙で口を拭いていると、麻衣が言った。

「これ、食べないの?」

と林太郎が残した饅頭を懐紙に包んでいる。

「この饅頭、裏の子どもたちに上げるわ」

と言い、膨らんだ懐紙を袖に入れた。それから二人で、並んで帰ったのだ。今日は、店に帰らず、実家に帰った。

「ああ、窮屈だわ。早く帯を取らなくては……」

くるくると帯を取って行く。祖父がやってきた。

「麻衣、林太郎は、どうかな?」

「ええ、いいわよ」

と麻衣も返事をする。

「それなら良かった。林太郎と麻衣は結婚するのじゃ」

「ええー、まだそんな事、思っちゃいませんよ」

麻衣は町言葉が出る。着物を脱ぐ手がつと止る。

「まだ、付き合ってみなくちゃ、わかりませんから……」

と言う。祖父は、笑いながら、

「付き合えば付き合うほど、好きになるのではないかな」

と言っている。

「わかりませんよ」

「いや、わしにはわかっている」

祖父はホホホと笑った。今度はホホホか、嫌なお爺さんだわ。麻衣はそう考えた。さてっと、今日は海に行って貝殻を拾わなくてはならない。手持ちの貝殻は、ほんの少しだから……。

傘をかぶり、着物をはしょって網籠を下げて歩いて行く。半刻(一時間)も歩いたら海に出た。

「わー、すごく広い」

麻衣は叫んだ。気も大きくなって、心も広々としている。

砂浜は広くどこまでも続いている。遠く人が何人かいるだけだった。うーん、深呼吸をする。気持ちが良い。それから砂浜をじっくりとみる。麻衣が紅葵と言われるようになったのは、ばらまいたお金に対する子供たちの声からだ。

盗賊が入った家に残された貝殻には、桃色の葵の花が描かれていた。子供たちは勝手にその盗賊を連想した。そうして女盗賊「紅葵」となったのである。

あるある、あ、あそこにも、ここにも、貝殻がたくさんあった。とりどりだが、特に多いのは、アサリ貝の殻だった。次に多いのは、ハマグリか。そして次は、サザエの蓋だった。

「うん、これはよい!」

麻衣の眼はキラキラしていた。この貝なら、当てたら痛いだろうな、と思う。だが、サザエの蓋は意外と少なかった。

「ま、あるだけ拾っちゃおう」

持っていた籠には、大小さまざまな貝が、どっしりとぶら下がっている。麻衣はぶら下げた貝を肩にかけ、歩いて行く。これを悪人に「つぶて」として投げるのだ。

麻衣は、沢山の収穫を持って、六間掘を歩いていた。八名川町で蕎麦屋があった。