ベルリン、ミュンヘンを往く

目をひくベルリンフィルホール

実は旅行の第一日の朝、日本で予約したサボイホテル(ベルリンの中心地Zooにあり誠に便利)で歯を磨いていたら、前日の硬いドイツパンが禍いしてか、義歯が二つに割れてしまった。困ったが、途中日航へ帰途便のリコンファームに寄るのでそこで相談しよう、それまでは何とかゴマかして行こうと腹を決めて勇躍見物に出かけた。

最初、Zooからエジプト博物館へタクシー(一〇マルク)で行き(ベルリン市内は皆ベンツである)、名高いネフェルティティ王妃の胸像に対面した。この王妃はエジプト新王国(第十八王朝)のイクナートンの妃で、ツタンカーメンの義母である。長い頭にぴったりした冠はパリの婦人帽考案者も舌をまくようなモダンな感覚を持ち、聡明らしい顔は個性的で、実に優美である。

「ルーブルのミロのヴィーナスに充分応酬できる」とされるが、何よりも彩色が鮮明でとてもBC一四世紀のものには見えない。彼女をわざわざ見るためにベルリンへ来る人も多いという。

バス(因みに三・二マルクで市内交通は殆ど乗り放題である)で都心に戻り、ティアガルテン(狩猟場)という広大な緑地帯に点在するインターバウという戦後の新興住宅地を見歩いた。

ここは壁の時代に西側が威信をかけてル・コルビュジエ、ニーマイヤー始め世界的建築家を動員して先端的な住宅を建てたもので、いうなれば西側のショーウィンドウである。モダンでカラフルで今日の日本の団地を先取りした時代のものだが、さすがに最近では狭さを訴える声も出てきているという。

次に、ティアガルテン南の広大な文化広場にあるフィルハーモニーホールを訪れた。途中、ウロウロしていたら一人のドイツ青年が話し掛けてきて、流暢な日本語でホールまでの道を教えてくれたのには驚きと感謝を覚えた。

この広場自体が優れた計画のもとに図書館、近代美術館などが設定されているが、なかでもベルリンフィルハーモニーの本拠の大小ホールは、黄色の壁とトゲトゲの屋根という奇抜な外観で一際目につく。ここも東独に対抗する西側のデモンストレーションとしてシャロウンの設計により一九六三年に竣工した。

この日は閉館中だったが、係員の好意により内部をすっかり見学できたのは誠に幸いだった。

定期公演が行われる大ホールは世界最初のアリーナ式で客席二四四〇席。オーケストラ舞台の周囲を客席がとりまき、パイプオルガンを備える(愛知県芸術劇場コンサートホールがこの形式)。素晴らしいのは当然帝王カラヤンの意向が入ったと思うが、十八面の床面が全部違う勾配を持ち、壁面、天井に多数の反響用の板と円筒を配置して、残響(二秒、五〇〇ヘルツで満席にて)をどの位置からも均一になるようにしてあること。

音源の中心は指揮者の位置だろうと想像できたが、とにかく複雑な形式で、これは大変な費用がかかっているだろうと思われた。入場料が最高一人六〇マルクで日本での演奏会の八分の一の安さ。室内楽用の小ホール(一一八〇席)も似た構造で形式がよい。フィルハーモニーの見学は、学生オーケストラ出身の私としては実に嬉しい体験だった。