第二章 忠臣蔵とは何か

昭和三十九年(一九六四)には、敗戦からの復興を全世界にアピールする東京オリンピックが開催され、ゼロからの出発を期した戦後の日本が最も活気に溢れ輝いていた時代を迎える。

この年に放映されたNHK大河ドラマが『赤穂浪士』である。長谷川和夫扮する大石内蔵助が発した「おのおのがた、討ち入りでござる」の名台詞は一世を風靡し流行語にもなった。

この時の『赤穂浪士』の平均視聴率はNHK大河ドラマのなかでは歴代四位ながら、十一月二十二日に放映された第四十七話「討入り」の回に限っては、歴代最高の五十三%の視聴率を叩きだしている。

この記録は未だに破られていない。『赤穂浪士』の放映が終了した直後の大晦日には、国民的行事と謳われた『NHK紅白歌合戦』で大トリを務めたのが若かりし三波春夫(当時四十一歳)。

この年に発表したばかりの赤穂浪士の討入りに絡めた新曲「長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃」を唄い上げると、白組が勝利し忠臣蔵ブームは頂点に達することになる。

近年、我々日本人の精神文化の象徴ともいえる武士道や武士道精神が諸外国から注目されている。どうやらハリウッドなどのアクション映画に登場する忍者の影響らしい。

国内においても忍者の故郷として名高い伊賀市(三重県)と甲賀市(滋賀県)の観光協会が幹事となって、平成二十七年(二〇一五)には二月二十二日をニンニンニンに因んで「忍者の日」と制定し、全国の忍者所縁の都市で様々なイベントが開催されているとのことである。

因みにハリウッドにおいては武士や忍者はサムライでありニンジャである。ともあれ日本固有の武士や忍者が他国から好意的に受け入れられていることは大変喜ばしい限りである。

ハリウッド映画で観たサムライやニンジャに興味を抱いたきっかけは風貌や剣術忍術などのアクションからであったかもしれないが、さらにサムライ本来の姿を知ろうとすると、武士が日常において日々探求鍛錬していた精神的な世界へと興味が導かれるものである。

その時になって、我々日本人が日本固有の武士道または武士道精神など武士本来の姿を理解し、諸外国人に対してもしっかりと語れるのかを考えると些か不安である。

その点で言えば、忠臣蔵は全体を通して武士道や武士道精神との結びつきも深く、作品の中にも武士の精神を垣間見ることができる。

実際、ハーバード大学でも日本史の講義は人気が高く、元禄赤穂事件についても教えているそうだが、多くの学生が感銘を受けているそうである。

このように、武士本来の姿を外国の方達に理解していただくには、忠臣蔵を鑑賞していただくのが何よりも確実で近道である。

アメリカ合衆国第二十六代大統領セオドア・ルーズベルトも忠臣蔵に感銘を受けた一人である。

ポーツマス条約を斡旋し、日露戦争の停戦を仲介した彼は日本文化に深い理解を示し、忠臣蔵の英訳本である『The Loyal Ronins』を愛読していたと言われている。

また、日露戦争時の連合艦隊司令長官東郷平八郎を尊敬し、新渡戸稲造の名著『武士道』に感銘を受けると、その書を友人にも奨めるほどの親日派であった。

その後ノーベル平和賞を受賞し、往年のロックバンド、ディープ・パープルのアルバム『インロック』のジャケットが模したサウスダコタ州のラシュモア山頂にその顔が彫像されているアメリカ合衆国を代表する歴代大統領の一人でもある。

母親は『風と共に去りぬ』の主人公スカーレット・オハラのモデルともいわれ、いみじくも第二次世界大戦における日米開戦時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトは姪の夫にあたる。