双頭の鷲は啼いたか

大きく見開いた瞳には、タケルが映っていた。

今にもこぼれそうな涙が眦を縁取る。恐怖と驚きの表情を浮かべた女性は懸命に後ろへ走ろうとするが、思うように脚が動かない。

女性の長い髪が半月の空にたなびく。ここはビルの屋上なのか? タケルは素早く彼女の手を取り、右手は相手の首筋に銀色に光るナイフをあてた。

彼女の怯えた瞳から生気が失せてゆく。力を失い体は人形のようにくたっと倒れた。華奢なその体を夜の光が照らす。そっと座らせるとタケルは何事もなかったかのようにその場から立ち去った。

「はっ! まただ……」

タケルは上半身を大きく起こした。最悪な目覚めだ。明け方の五時だった。せっかく早く寝たのに、またこんな夢を。この寒い季節にへんな汗が体にまとわりついていた。このままじゃだめだ。やはり、早くあの時の病院で受診すべきだとタケルは思った。

現実に自分の周りで殺人事件が及んできた。この殺人鬼は自分ではないだろうか。言いようのない恐ろしさがタケルを容赦なく追い込んだ。けれど、そんな気持ちでも出勤のために着替えをしなければならなかった。

鴻池武史は麻酔から覚めた。病室にいる自分を認識した。

左足が動かない。力を入れると感覚はある。まさか失ったのでは? 半身を起こしていたら大きく固定されていた。両手を見た。指も全部動く。大丈夫だと安心した。手さえ動けば医師としての生命は断たれていなかった。事故の被害者がどうなったのか気になった武史はナースコールを押した。

「すぐに誰か来てくれませんか」

武史は人並み外れたIQで瞬時にいろいろと考えを巡らせた。麻酔から覚めたばかりだというのに。骨折した脚が固定されている以上、動き回ることはできなかった。

「お加減はどうです、痛みますか」

三十代後半のベテラン看護師がやってきて尋ねた。点滴の残量を確認している。