『八汐の海』

わたしは室町の養父母と重信さんと実父に愛されてぬくぬくと育った。疎まれて育ったら、朝目覚めるたび魂は(うつむ)くのか。育つまでそうしていたら、風雪地帯の樹のように這いつくばるのだろうか。痛みを遮断して、擬態で、息するのだろうか。日焼けしちゃうと言いながら顔に髪を被せる。両手に二人の手を握って、微笑むのに、涙が(こぼ)れる。

「次の時は俺が日焼け止め塗ってあげる」

それぞれの手が、さまざまに思いを伝えてよこす。

喚きながら砂地を駆け回った。ビーチバレーが面白くないと言い出して、淳さんと太洋が。

波打ち際から百歩にゴールを作ってタッチダウンで点数を競うことになった。十点先に取ったら勝ち。淳さんはハンディが付いて八十歩だったけれど、すぐに五十歩になった。

ビーチボールを落としたらアウト。ディフェンスは危険行為以外は何をしてもいい。風船みたいなボールを抱えて走る。スポーツ、じゃない。俺が何してたかって言うと、淳さんにタックルしようとして太洋とぶつかる、太洋が淳さんにタックルするのを妨害する。淳さんにタックルしてもらいたいのに本気で妨害に来る太洋を蹴飛ばす。

タッチダウンできた瞬間の淳さんに追い縋る。淳さんは待ってる太洋に平気でタックルするから引き剥がす。するとピピーッと口でホイッスルして退場ッ。マジかよ、頭にくるぜ。笑って

「休憩ッ」

砂まみれの体を波に洗わせる。

潮が満ちてきた。遊び疲れた。豪華な海鮮料理を食って帰る予定だったが、キャンセル。

車中。

「淳さん、寝てていいよ」

「淳さん、膝枕してやる」

「年寄りを労わってくれるのね」

自宅まで送る送らないで揉めた。八汐は気色ばんで

「この人は……俺の……女房になるんだから、俺といっしょ。お前は親父に車を返すだけ」

と申し渡す。

アパートで荷物を降ろしながら、口を尖んがらせている太洋にまたいっしょに遊ぼ、とまだやっている。

「太洋くん、セイルボードは筋力とバランスと反射神経いるね。基礎体力がものを言う」

ドアを開けて、片付いたワンルームが瞬時見えたが、明かりはすぐに消されて荷物は放り出され、躰もベッドに放り出された。