一九七〇年 夏~秋

1 通信簿と子猫の死

ミイが甘えた声で鳴きながら、痩(や)せ細った胴体をすり寄せてきました。皮膚病に罹(かか)って体毛は斑(まだら)に抜け落ち、あちこちに瘡蓋(かさぶた)ができています。最近、子を産んでから体調を崩しているようで、しょっちゅう理由もなく嘔吐(おうと)しており、畳を汚して家人(かじん)に迷惑をかけていました。

菓子パンの残りをやると、ミイは喉を鳴らして貪(むさぼ)りました。子猫たちはミイの腹に潜り込んで奪い合うように乳を吸っています。それを見ていたら私も喉が渇きました。ラーメンの汁を一滴も残さずに飲んだせいです。

それで一階へ下りて冷蔵庫の麦茶を飲みました。大人たちは死んだように眠っています。

足音を忍ばせて二階へ戻ると、切手が大変なことになっていました。私は愕然(がくぜん)としました。子猫がパラフィン紙の上に小便をしています。駄目にされた切手の中には、苦労して入手した『写楽』が含まれていました。ミイと他の二匹は姿を消しており、鉢割れ柄だけが部屋の隅をうろうろしています。

腹を立てた私は洋裁用の物差しを掴みました。刀のようにカーブしているやつです。さほど力を込めた覚えはありません。ひっぱたいた程度のはずが、まともに入ったようでした。

子猫は激しく鳴きながらのたうちました。血は出ていないのに、みるみる腹が膨れてきます。これはえらいことになったと思いました。

「バアちゃん。猫が鳴っきょる」

階段を駆け下りて、祖母に助けを求めました。大人たちはそろそろ起きようとしています。

「どないしたんで」

祖母が二階へ上がって行きます。私は母に叱られるかと、そればかりを気にしていました。

「おまはん。なんしたんで。かわいそうに」

子猫を抱いて下りてきた祖母が言いました。

「おジイさん。ちょっとこれ見たって」

狂ったように鳴く猫を祖父に見せました。

「こらあかんわ。内臓が破裂してもうとる」

祖父が舌打ちして、白内障の眼で睨(にら)んできます。

「なんでこんなことするんな」

「切手にションベンしたけん、ちょっとはたいただけじゃ」

私は半泣きになって言い訳しました。

「弱いもんを。おどれはほんま」

祖父が暴れる猫を段ボール箱に入れました。蓋の閉まる瞬間、猫は確かに私を見ました。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『金の顔』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。