まさに一本とられた。いい年をして孫の様な若い女性に、わかりきった事を指摘されてしまった。小笠原老人ほどの人が、わざわざ客を招いてその準備をしないなどありえない。

「大丈夫、おまかせ下さい。駅の向こう側にレトルト食品をつくっている工場があります。そこの工場長と仲が良いのです。お粥を真空パックしてもらいます。それでしたら冷蔵庫でも冷凍にしても日持ちしますので、電子レンジか、お湯で温めて召上がっていただければ」

「有難う有難う。それじゃァお願いついでに、私がいただく分もつくって下さる?」

「承知しました。野原さんの分と併せて十パックでよろしいですか? 具はおまかせいただくとして、夕方迄につくっておきます」

美代子シェフに相談して本当によかった。小笠原老人も喜んでくれるに違いない。

口笛を吹きながら公園へ戻った。自転車を押して、基地にしているベンチの方へ行ってドキっとした。

リュックサックが置いてある。私の物だ。ゾッとする。盗られること、ではない。美代子シェフの所へ行く時に、忘れていってしまったということだ。

認知症――私が最も恐れ嫌っている病気だ。認知症にだけはなりたくない。常日頃そう思っていた。

物忘れがその入口だと聞いている。それが今、起こってしまった。リュックサックの様な大きなものを置忘れるとは、何とも情け無い話だ。これが続くのが怖い。充分すぎるくらい注意しなければいけない。息子に負担をかけてはいけない。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『鳩殺し』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。