スープが冷める距離

役所の公園課と会社へ朝の連絡をして、今日の仕事をはじめた。

まず公園の外周をパトロールする。三棟の公団住宅の前を通って何軒かの建物の前をすぎ、つき当って左折する。この道路を右へ行くと小笠原老人のマンションへの道になる。

昨日渡された略図で見ると、右へ行って百メートルくらいの所に十字路があり、そこを右折すればすぐに八階建てのマンションがある。

マンションの名前は“Fコート”。小笠原老人の部屋は三階にある。略図には他にスマートフォンの番号も記してあった。行き届いたことだ。

そう言えば昨日、小笠原老人はあの長谷川女史に強引に送られて行った。あれからどうしたろう。あの時の長谷川女史の様子は、いつもの私に対する態度からは想像もできない。歯の浮く様な言動だった。二人の関係はどうなっているのだろう。

今朝、偶然目撃した光景も気になる。大村の部屋から、人目を忍ぶように出てきた田中女史。あの時は薄汚いなどと思ったが、老境に入って孤独な者同士、慰め合って生きてゆくのは素晴しいことだ。

考えてみるとこの現場で出会った人達は皆、良い人ばかりだ。大村と長谷川女史の二人を除けば、公園課の小原係長、駅前派出所の飯村巡査とその上司の横山巡査長、中華料理店の美代子シェフ、さらにベビーカーを押してくる母親達、そして小笠原老人。

皆、おだやかで親切で人と争いなどせずに生きてゆく人達ばかりなのだ。改めて、大村、長谷川女史のクレームに耐えていこう、そう思った。

ただ、一つだけ、何か黒い染のように残っているものがある。私の本来の仕事の、ミステリー・サークルだ。九羽の鳩を殺した人間がいるとすれば、そしてその鳩の死骸を並べてサークルをつくった人間がいるとすれば、その人間を明らかにしなくてはいけない。

最終的には警察の仕事であるが、少しでも役に立てれば幸いだ。十日間の勤務の間にその人物が何等かの行動を起してくれれば、必ずとらえてみせる。