麻衣は朗らかに林太郎を見る。林太郎は、麻衣を静かに眺め、必ずこの女を妻にしよう、と思っていた。こんなに可愛く、朗らかで、自分の話にたてついてくる女はめったにいない。

麻衣は林太郎の話に合わせている。だが、性格か、物の言い方に、たてつくところがあるのだ。それを敏感に悟っている、林太郎も大した男だった。

庭は、向こうに小さな山を作って、その茂みの中から水が流れてくるようになっている。そしてその山の中に、庵を作っているのだ。反対側には、小さな橋が架かっており、その橋の向こうは松林になっている。細い道がどこまでも連なっていた。

林太郎は、途中まで歩くと穏やかに言った。

「さ、中に入って、お菓子でも食べましょう」

「ええ」

麻衣はちょっと不服そうだった。もう少し先まで歩いてみたかったのに、と思っている。だが、林太郎にしたがった。座敷に入った。

座敷には、両側に座布団があり、その前に菓子が盛ってあった。二人は両側に座る。お茶を老爺が持って入ってきた。

「どうぞ、お食べ下さい」

と言い、すぐ出て行った。

「ま、老爺さん気を遣わなくてもいいのに」

と麻衣が言った。盛ったお菓子は、ナデシコ屋で売られている、今評判の饅頭だった。

「わ、すごい……並んでも、なかなか買えない饅頭よ」

と麻衣が弾むように言う。

林太郎は、饅頭を見ながら「困ったな」と思っていた。林太郎は饅頭が嫌いなのだ。

だが、麻衣を相手に「この饅頭は嫌いだ」などとは言えない。つばを飲み込む。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『紅葵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。