タケルは不眠のために朝からニュースなどを見ている暇はなかった。通勤電車の中でネットニュースを見るのは頭痛を起こしやすいのでしなかった。せいぜい週刊誌のなか刷り広告をちらっと流し読む程度だった。

「知らないのか?若い女性ばかり、これで三人目かな」

「僕はこんな仕事だから新聞もテレビもほとんど見ないんだ」

タケルは時間に追われて時勢に疎かった。

「せめて十一時台のニュースくらい見た方がいいよ」

「社会人失格だな、僕は」

「ゆるい感じがお前のいいところだけど、それぐらい知っておかないと。結構大きな事件だと思うよ」

浩介はここで緊迫した声を出した。

「そうだな」

「だって、職場の女性が被害者なんだろう? 今からでもパソコンや、スマホのニュースで他の件も読んでみたらどうだ? どんな子なんだ?」

「今年の四月に同じ校舎に来た子だけれど、使えないから仕事の印象は最悪さ。見た目は悪くなかったけどなあ」

タケルは感じたままを浩介に伝えた。

「でも、知っている人が殺されたりしたら、ショックだよね」

「僕はそうでもなかった、まあ、普通に驚いたけど。同僚の女性が朝からパニックになってそちらの方が大変だった」

「そうなんだ。落ちついたらまた」

「すまない、疲れてるのに」

「いいよ、じゃあ。また何かあったら電話して」

浩介と話せて少しすっきりした。篠原さんの事をぞんざいにしていた自分に罪悪感があったからだ。それにしても、女性ばかり殺害される事件が同じ街で頻発していたとは。世事に疎いのは昔からだが、これからは注意しようと戒めた。旧友との再会も悪くはなかった。

こうして、自分の至らない部分をさりげなく注意してくれるのが浩介だからあまり耳が痛くもない。あの夜から、ビールを時々飲むようになり、あまり酒に強くないタケルは眠くなった。

大きくため息をついて不気味な気持ちがまた心の中を覆い始めた。地下鉄の階段で突き落とされた事は言わなかった。相手も分からないし、勘違いかもしれないとタケルは思っていた。

だが、背中に感じたあの手で背中を押された時の恐怖は、明らかな悪意だった。そして、今度は同僚女性が殺人事件の被害者に。

タケルは自分の周りに何が起こっているのか、どす黒い思惑を感じ取ることはできなかった。呪怨の恐怖だけは察知していた。これが何かのサインではないかと。

いろいろあって疲れた。タケルはアルコールに促されそのままベッドに入り電気を消した。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『双頭の鷲は啼いたか』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。