蛍を見る

相模原市の道保川公園に友人と蛍を見に行った。子どもの頃、故郷信州では蛍は乱舞していて、ちょっと手を伸ばすと簡単に捕まえられた。あの頃から五十余年、自由に飛び交う蛍を見ていない。期待と一抹の不安を抱えて出かけたのである。係のおじさんに「一番奥の池の辺りが多いよ」と言われて歩きだした。

七時半、見上げると木立の上に、暮れなずむ灰色がかった空が見えている。まだ明るすぎるかもしれない。

奥の池まで行くと、いた!数匹の蛍が飛び交っている。暗くなるにつれてだんだん増えてきた。木立の茂った奥の真っ暗闇の中から、すうーっと頼りなげな光が出てくる。下の方の葉陰にも行ったり来たりする光が幾つもある。やがて見ている人たちの頭上高く、「おーい、どこまで行くの」と言いたくなる蛍君もいる。

二匹が頭上で飛び交い一匹が近くまで来た。思わず子どもの頃の癖で私は両手のひらで捕まえた。そっと包むように(いけなかったかもしれない)。蛍の光は指の隙間から漏れて、明るい提灯のように見えた。

近くにいた幼い少年の前にかがんで手を広げた。蛍は私の手の中でぴかーぴかーと光ってくれた。彼は食い入るように見つめていた。お尻の光で蛍の形がはっきり見えた。傍にいたお兄ちゃんらしい小学生が言った。

「ゴキブリみたいだ!」

「ゴキブリじゃないよー」

私は、一瞬光を止めた、手のひらにいる黒い虫を見て言った。彼らは今日初めて蛍を見に来たらしい。闇の中で自由に走る光をお母さんに「ホタルだよ。きれいだね」と言われていた。目の前の虫の形をした蛍を、どう表現して良いのかわからなかったのかもしれない。

再び光った黒い虫を手のひらに乗せたまま、友人の方へ向けたとき、蛍はすーっと上がって行った。

「あー、行っちゃった」

少年たちが呟いた。おばさんたちも呟いた。しばらくは光の軌跡を追い、ゆっくり眺めて過ごした。懐かしい、やわらかな光だった。