渋い顔のように見えた彼はメニューとにらめっこしながら、アラビアータを私のためにチョイスした。ワインは「(ブラン)」と私の好きな白ワインを決めてくれた。料理を待っている間、彼が私に尋ねる。

「いつまでいるの?」

「二泊よ」

「今夜はあいている?」

「ええ」

「じゃあ、午後十一時半に店が終わるからその時間においで。そのあと一緒に出かけよう」

「わかった。私は、ここで晩御飯食べていい?」

「もちろんだ。でも、そのあとも大丈夫?」

「食事のあとも私はフリーよ」

彼は私の都合を確かめるので、今夜は大丈夫だと重ねて言うと彼は、安心したように笑顔で頷いた。はるばる日本からやって来た目的はどうやら達せられそうだ。出てきた料理はペンネだった。ちょっとピリ辛のショートパスタを食べ終わって引き上げようとする時に、彼がやって来た。

「ワインはもういいの?」

「いらないわ」

すると深い目つきでたった一言、静かに「Ce()soir(ソワール)」と私に告げた。私はその眼差しに胸がどきっとして、思わず私も「Ce()soir(ソワール)」と鸚鵡(おうむ)返しに言ってしまった。

「では今夜」

「今夜ね」

そんなところだろうか。相変わらずロマンチックだけれど、なんか変だな。大人の感じだな。代金はどうも受け取らないようだから、黙ってテーブルに置いて店を出た。中で若いスタッフが「ダメ」とか「待って」の仕草で私に両手を振って合図をしていたけれど、私はガラス越しにバイバイと手を振って店をあとにした。

ホテルにはどうにか迷いながらも午後五時くらいに無事に帰ることができた。便利な立地のはずなのにちょっとわかりにくい。パリの建物の構造によるのかもしれない。今夜の約束までだいぶ時間があるのでホテルで二時間ほど仮眠をとった。

目覚めのあと、シャワーを浴びてさっそく身支度に取りかかる。私の親友である久美ちゃんの「可愛くね」のアドバイスが耳に残っている。うん……。結果として、私はちょっと可愛く仕上がった。でもまだ時間があるので、日本へ葉書を書いた。今朝、オペラ座界隈で買った凱旋門やモンマルトルから一望できるそれぞれのパリ市内の絵葉書。三通したためると、遠い異国にいることがさらに実感できた。

手紙とは距離の遠さよラ・フランス

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『Red Vanilla』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。