糸電話

こまめに連絡を取らないと

私はどんどん遠ざかる

連絡だらけの世の中で

自分との連絡に割く時間などない

自分専用の糸電話はずっと机の引き出しに仕舞ったまま

他の連絡に割り込まれて

私はゆっくり背を向ける

タコ糸切れたタコ

風に紛れて切れ切れに

私の声が届くが

それはとても小さい

そして今

私は井戸の中にいるらしい

はるかかなた

丸くくり抜かれた青空を見上げながら

私はたえずなにか言っている

しかし

井戸の中では

糸が湿って

おまけに井戸の筒にむやみに反響して

ぼあんぼあんとしか聞こえない

仕方がないので

私の隠れている井戸を探しに出掛ける

やらなきゃいけないことは山ほどあるのに

なんて手間の掛かる奴だ

もっとこまめにご機嫌をとっておけば

こんな厄介なことにはならなかったのに

舌打ちしながら街を出る

街の外に出るのはいつ以来か

街の外はどこまでも原っぱが広がっていて

原っぱは穴ぼこだらけで

それが全部井戸で

気を付けないと誤って落っこちそうだ

覗き込むと

私ではないよその誰かが驚いて私を見上げ

待っていたその人ではないので

露骨に落胆する

見渡す限りそよそよと草がそよぐばかり

空も広いが

原っぱも広い

なんの目当てもなく

どこをどう探せばいいのか

途方に暮れて

持っていた糸電話を見る

随分歩いたので

白い紙コップも手の中で少しへしゃげている

何も聞こえないこんなもの

投げ捨てようとしたその時

今更ながら気が付いた

そうなのだ

糸電話なのだ

この細い糸だけが唯一無二の手がかりなのだ