翌朝、麻衣はいつも通り店の前に水をまいていた。

「皆さんお早うございます!」

頭を下げながら、にこにこと水を撒いて行く。

麻衣は可愛らしい娘だった。

新之助に、私の仕事を手伝ってほしいとお願いして、麻衣は初めて新之助と旗本の家に入ったのだ。

新之助はいぶかりながらも、黒装束に身を包んで麻衣を手伝ったのだった。

今日は、新之助はなかなか来なかった。

いつも徒党を組んでいる仲間たちに断りを入れていたからだ。

やっと最後に、いつも新之助についている三人の仲間の一人。

父が足軽頭で次男の高之進に断りを入れて、単身歩いてここまで来た。

新之助は来ると麻衣の前に立つ。

「やあ!」と挨拶をする。

麻衣はちらっと新之助を見ると、「こんにちは!」と挨拶を返す。

新之助はそれを見ても知らぬふりで、奥に入って行く。

座敷で一息入れていたら、お盆に徳利や杯を入れて、麻衣がやってきた。

「ま、いらっしゃい」

麻衣は愛想よくふるまう。

新之助は黙って庭を見ていた。

「どうしたの?」また麻衣が問う。

やはり新之助は黙って、庭を見ている。

「何を、怒っているの?」

麻衣が言う。

「怒っていやしないさ。ただこうしたいだけだ……」

新之助は突然、麻衣を抱くと、じっと顔を見つめた。

麻衣は仰天した。

だが、二人は見つめ合っている。

新之助の唇が麻衣の唇にかぶさるかとなった時、麻衣は低く身をかわした。

「駄目よ、まだ……」

新之助は、麻衣の顔を眺め、「では、何時がいいんだ」と言った。

胸が弾んでいる。

「わたしが貴方を好きになった時よ」

麻衣はそう言い、部屋を出て行った。

「ふん、好きになった時か? なら、どうしておれを誘った……」

新之助は、座ると酒を飲んだ。

麻衣は可愛い。

好きだ。

俺の好みだ。

そして盗みに一緒に入った時から、麻衣がいとおしくてたまらないようになってきた。

「ま、いいさ、そのうち」

と新之助は二杯目の酒をぐびりと飲んだのだった。