マニラ赴任後二ヵ月ほど経った六月下旬、GHフィリピンのカビテ工場で生産しているコードレス電話の部品メーカーのツアーが来ることになった。正嗣が初めて担当する日本からの団体客である。このグループは「GH部品会」というGHに部品を納入している関東一円にある三〇社あまりの業者の親睦会で、毎年マニラへ懇親旅行を続けているそうだ。今年は一八社から一人ずつ参加しアリーゼツーリストという日本の旅行会社の添乗員が引率する計一九人の一行だ。

工場見学を要請する公式レターは今回の幹事会社であるプリント配線基盤メーカーの東雲(しののめ)電具よりメンバーリストと一緒に届いている。それを確認した曽与島はすでに受け入れる旨の返事を出していた。メンバーの中に役員クラスの人がいれば、社長が挨拶に出たり直々にツアーに同行し世話をしたりする場合もあるが、今回のツアーではそのようなVIPもいないようなので、正嗣が工場見学の際の世話をすることになった。工場内での説明は日本人工場長がするので、同行するだけの楽な仕事のように思えた。

マニラの現地手配業者はヴェロントラベルという会社で、すでにエルミタ地区にあるミッドランドラムタラホテルを予約しているらしい。このホテルは四年前に八潮計算機の招待旅行の〈集団お見合い事件〉で新聞にも写真が載った。正嗣も学生時代にその記事を読んだ記憶がある。

百人を超える日本人男性観光客が夕食後、このホテルの大宴会場に待機させていた二百人近い若いフィリピン人ホステスと対面し、気に入った子をその夜のお相手に選び部屋へ連れ込んだ。このことが地元マスコミに発覚し大きな話題を呼び、複数のフィリピンの婦人団体が抗議文を日本政府宛に送り、日本人男性の買春観光を非難し中止を求めた。

それが国会でも討議されたというのだから、由々しき問題であった。日本人は高度経済成長期には世界からエコノミックアニマルと言われたが、この事件で火が点いた買春ツアー問題ではセックスアニマルと罵声を浴びた。

後日このホテルの吉谷副総支配人から聞いた話だが、問題の集団見合いの後、百組以上の日本人男性とフィリピン人ホステスの即席カップルが一斉に部屋に上がりわっせわっせと始めたものだからホテル全体が揺れたそうだ。また、他の外国人宿泊客からは地震があったのかという問い合わせもあったとか。まぁこれは吉谷氏一流の人を笑わせる時のジョークのようだが……。

ともあれGH部品会の宿泊ホテルはミッドランドラムタラと決まったが、正嗣にとっては寮と会社の間にあるのでどちらからでも行きやすく好都合であった。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。