鞦韆が揺れ

夜が明ければ

浄土門を離れて

山岳修験道に活路を求めたということ

役小角泰澄行基の辿った森羅万象に身構え

森曼荼羅に漂泊

岩に憑依

滝に憑依

断崖窟に憑依

荒行に生死の境を往き

身体に本尊出現を祈願

だがそれでも

神仏は降りて来る気配もないということ

この身に釈迦如来弥勒菩薩は相応しからず

忿怒形こそ優婆塞聖の本領己が独壇場なり

釈迦阿弥陀弥勒を本尊として大伽藍に安住し銀欄の衣を身に纏い

従者を従え学問儀式に行い澄ます僧侶とは違うのだそれを嫌うのだと

明王天部護法神の出現を願って祈り続けたが

ついに忿怒尊の出現もないということ

この「意識」のせいか

自分が居座っているせいか

自分が消えないから自分が死なないから

空っぽになれないからか

この血肉に根付いている欲動

生きることに巻きついている煩悩五欲

神霊も秘仏もそれを決して見逃さぬということか

俺はつまり神仏に見放されたということか

つまり俺は俺にも見放されたということか

また

空の下

一所不住

優婆塞聖が

回国遊行へ向う

何処へ?

わかるものか

尼僧折伏にいくか

欲念放擲の地獄巡りか

八百万の在処に己を尋ね己を委ね己を消す放浪か

茫々のかぶら髪

埃まみれ垢だらけ

眼光のみ異様に光らせ

闇が深ければ己が闇となり

生きることが絶望なら絶望となり

死ぬことも生きることならその死ぬことを生き

誰も生まれたことない誰も生きたことのない場所に向うのだと

自分を愛せず神仏に愛されぬ不逞不遜の化物が唯ひとり街道をいく

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『あらかみさんぞう詩集 天人修羅畜生餓鬼地獄』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。