◆闇のなか

在かたや出羽岩窟来て見よけさの深山の仏なりけり

  

修験道の優婆塞遊行聖は山岳修行で神仏混淆の験力を得るのである

回国遊行し町衆村人の病を癒し災いを祓い雨を降らせ託宣し予言をする

山頂と洞窟は神霊が憑依する修験行者の聖地であり他界への通路である

行者は神仏と交信しその胎内に潜って神の子として生まれ代わる

穢れ多き自己が死ぬそして清らかな自己となって再生する

この擬死再生が修験道の極意ここに真言密教の入我我入

即身成仏願が融合し窟の修行で行者はその身のままに

三密瑜伽の仏作業を成じ如来は我に我は如来に入り

遂に行者は如来と同体となるのである

いま窟に

本尊出現を祈願している

ひとりの優婆塞聖がいる

明王天部護法神忿怒尊の出を待っている

節だらけの松肌に奇怪な像を刻んでいる

眼は開いているが何もみていないようである

息は絶え絶えだが手は緩慢に動いているようである…

微笑がひとつ

浮かんで

消えた

もう

過ぎたこと

長良川の洪水に

母が呑まれて消えて

美濃のまつばりが生き残り

内に溜めて物言わぬ子に

なっただけのこと

世のなかを自問自答し

さらに自問自答する自分に耐え

生きる孤独にも耐えてきただけのこと

故郷を捨て当り前の行先を捨て

浄土門を叩いたときも

隠し持っていた

父と言われる人が残した

師宣の春画を捨てはしなかった

こんな裏側の顔を

誰も知るはずもない

念仏は

己の欲動を

鎮められない

念仏行にありながら

尼僧の衣の下の

女身のうねりに憑依してしまう

魔界の疼きを制御できない

内なる自然を騙せないということ

戒律は絶望の言い換え

煩悩は三毒八万四千の快美

宗門と僧衣に隠して己の生きる六界は 

天と人の下界 修羅畜生餓鬼地獄の放つ蠱惑まみれだということ