セーヌ川の右岸と左岸をつなぐヌフ(ポン・)(ヌフ)へ出ると胸が高鳴る。あとはムッシュに会うだけだ。喜んでくれるだろうか。あんなに戻ってこいと言ったのだから無下な態度はとらないはずだ。だが、何と言っても相手は外国人だとの不安もちょっと生じる。

それでも私はヌフ橋を洋々と渡り、左岸の風を身体ごと受け止める。買い込んだお菓子がちょっとだけ重いが、ショートブーツはポンヌフの石畳を軽やかに鳴らしている。ここをしばらく行くと、もうすぐ彼の店だ。あ、見えてきた。

彼の店の前に来ると、カーテンは開いて店のドアは閉まっている。窓から中を覗いても誰も見えない。奥で準備をしているのか、誰もいないのか、あ、誰かいる。私は思い切って店の扉を押した。ドアベルのチリンとした可愛い音が、ひっそりとした店内に響く。私がおずおずと顔を覗かせると、それに気づいたムッシュが近寄ってきた。再会はさりげなく訪れた。

ムッシュが「元気?」と英語で挨拶をしたので、私が「元気よ。あなたは?」と答えると彼は笑って横を向いた。何がおかしいのかわからなかったが、それでもただお互いに嬉しいことだけはわかった。そのまま何秒か経ったのだろうか。お互いに言葉が出てこないものの、それで十分だった。緊張のため私の表情が強張っていたのだろう、彼が私の頬を人さし指でつつきながら笑っている。

「店は正午からだよ。またおいで、正午に」

そう言われて初めて私の腕時計が午前十一時半を指していることを知った。私の頬がちょっぴり熱くなった。ホテルはそう遠くないはずだから、チェックインして荷物を置いてから来ようと思った私は彼に再び尋ねた。

「ランチは何時まで?」

彼はちょっと不安そうな不服そうな顔をしながら午後三時だと教えてくれた。すぐに来ないの? そんな顔をしていたな。来たいけれどこの荷物を持ちながら、この界隈であと三十分間をどうやったらつぶせるかわからないのよ。こんな意思疎通はとうていできない。

でも、大丈夫。ここはもうパリ。再会も果たしたのだから。

宿泊のどの窓辺にもゼラニューム

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『Red Vanilla』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。