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第5章 相続、再び

「薬師さん側からしたら、聞いた内容があまりにもこちら側に不利な条件だと考えています。調停委員がやり直しの実施を決定させることはできませんか?」

「私達、調停委員は主張の異なる両者の言い分を調停することしかできません。これ以上、今まで話してきた内容と違う主張がないのなら、これで今回の調停を終了致します。本日はお疲れ様でした」

そう言って全員の退室を指示した。相手側の弁護士は素早く退室していき、姉は少し疲れたのかイスに座ってため息をついて少し落ち着いた状態になった時に、私が右手を姉の左肩にそっと置くとやっと立ち上がって退室したのだった。そのあと裁判所の駐車場に向かい、乗用車の近くに到着してから姉が雄二に話しかけてきた。

「雄二ちゃんごめんなさい。今回は、完全に相手側に有利な条件がほぼ認められた状況になってしまったわ」

「伯母さん、謝らないでください。僕達だけしかいなかったなら、相手側の弁護士にあれだけ反論することができなかったですから。それに物事の発端が、あの男の身勝手な行動が原因なのだから、あれだけ僕達を弁護してくれて逆に感謝しています」

雄二の言葉を聞いて姉は少し微笑んだ表情を見せた後、次の予定があるのでと先に駐車場を離れていった。私達は時間に余裕ができたので、娘だった直美の墓参りをすることにした。

途中の花屋で墓に供える花を買い、墓場の駐車場に到着してから、私は腰やヒザから感じられる痛みを我慢しながら杖をついてゆっくりと歩き、雄二は私の少し後方を一定の間隔で歩いて直美の墓に到着した。平日の晴れた墓場に人影は無く、雄二は私の動作を確認しながら2人で胸の前に両手を合わせた。そのあと、自家用車に乗り込んでから雄二が私に話し始めた。

「母さん、直美姉さんがもし生きていたら、あの男の愛人相手の遺産相続調停について何と言うと思うかな?」

「何と言うのかしらね。もし、生きていたら直美が一生懸命に頑張って貯めた全遺産は、元父親に半分相続されなかったからね。けれど、現実は生前に嫌悪していた元父親に全遺産の半分も相続されて、今度は元父親が死亡して元愛人で、今は妻になった女性に雄二の承諾も無い状況でも全遺産を相続されて手続きも終了されている。多分、雄二が現在考えている事
と同じ事を考えるのではないかしら」

雄二はその会話が終わった後、黙ったまま自家用車のエンジンを始動させて自宅に向かった。