アリモールを一通り見て歩いた後、今度はラブバスでマカティを目指した。マカティはフィリピン経済の中心と言われる地区で、銀行や多くの優良企業の本社が集中している。このエリア一帯の土地はスペイン系のアイアラ一族が所有しており、種々の産業に進出し大財閥に成長している。高層ビルが立ち並ぶ立派な都会なのだが、正嗣にはどことなく無機質な街に思えた。ルスタンというデパートには海外のブランド品が多く、その向かいのシューマートというデパートは庶民向けの安価な品物で溢れていた。この両極端な違いは何なのだろうと不思議に感じた。

マカティからエルミタの寮へもラブバスを使って帰った。一日街を歩いただけで色々な発見があり、フィリピンに対する興味は深まった。

会社のローカルスタッフの出身地はばらばらだが、皆アメリカ人のような自然な発音の英語を話す。そのため日本人スタッフとローカルスタッフ間のコミュニケーションは全く問題ないようだ。フィリピンという国は七千を超える島々からなり、百を超える部族がいてそれぞれの言語がある。

しかし、公用語としての英語教育が進んでいるのと進学率も高いため、他の東南アジア諸国と比較して英語を話せる人が多いようだ。ただ、会社のフィリピン人同士の会話を聞いていると、英語なのにタガログ語の接尾辞を付けたり、途中にタガログ語の単語を使ったりしていて面白く感じられた。

ローカルスタッフの中ではガブリエルが一番の日本語の使い手のようだが、四人のフィリピン人マネージャーもある程度の日本語を解するようだ。そのため、下のスタッフたちにも日本語を勉強しようという意欲がみられ、社内の日本人スタッフに物怖じせず日本語で何でも聞いてきたりする。

GHフィリピンの会長、ハイミー・ヴィラヴィセンショーは六七歳の台湾系フィリピン人で日本人と同じような日本語を話す。この似非(えせ)スペイン貴族のような名前を持つ会長はGHフィリピンの資本の二〇パーセントの出資者だが、表上は五一パーセントの株主となっている。三一パーセントの株式は名義貸しで、入木田社長が白紙委任状を取っており経営にはほとんどタッチしていない。しかし、政府各省にコネクションがあり、問題発生時に会長に相談するとすぐに解決することが多々ある。そんな問題解決のため、高い名義借り料を払っているようだ。

この国では輸入や輸出の手続きが何らかの理由で途中滞るということが頻繁に起こるが、急を要する場合会長に頼むとスムーズに事が運び非常に助かっているそうだ。他に旅行会社の経営も行っており、中近東へかなりの数の出稼ぎ労働者を送っているらしく、最近は大分儲かっている様子で機嫌がいい。この人には謎が多く、ウワサでは陸軍中野学校でスパイ教育を受けたとのこと。今でも日本の警察の上層部にその時の友達がいるらしく、日本に行く度に旧交を温めているそうだ。

正嗣は来比前に新しい勤務地の予備知識を得るため、数冊のフィリピンについて書かれた本を読んでいた。どの本にもこの国を〈サリサリ(何でも)〉で〈ハロハロ(混ぜこぜ)〉という言葉を使って説明していたが、一○日ほどでその意味が分かりかけおぼろげながらこの国がどんな所か見えてきた。

この先も色々な想像を超えることが起こり驚かされるのだろう。その時自分はうまく対処できるだろうか。不安は確かにあったが、この国で生き抜いてやろうと正嗣の気持ちは固まった。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。