ある日、医学部に行きたい、と私はりゅう君に言った。中学生の頃に抱いた神代先生への憧れを封じ込んでいた高校生時代。心の平穏を取り戻してきたと同時に、医師になりたいという気持ちがまた沸き上がってきた。そう言い出した私を、彼は無理やり実家に送り返した。

彼は自分のもとでは勉強させてあげられないから、と言った。でも違うのだ。そんなこと全く望んでいない。安定した環境でこそ夢は追える。不安定な環境に置かれればまた元の木阿弥だ。私は一緒にいさせてほしいと強く懇願したが、母の傍では心の平穏が得られず、勉強どころか普通の生活を維持することすら難しいことをうまく伝えることができず、実家の前で泣き崩れた私を後目にりゅう君は去っていった。

医者への夢を追っていようがいまいが、当時の実家に私の居場所があるはずもない。送り返された日は一晩中泣き明かした。私は結局捨てられたのだ。みんな私が邪魔なのだ。強制送還された私は、また居場所探しから始めることになる。

その翌日から夜出歩くようになり、実家に送り返された数日後、別の彼氏を作った。彼氏ができた翌日、りゅう君から電話があった。

「元気? 勉強頑張ってる?」

と言う彼の言葉に、私は返事ができなかった。

「彼氏ができた」

予想しなかったであろう私の言葉に彼は絶句し、涙を必死にこらえているようだった。私は、だから言ったのに! と内心ふてくされていた。

「もし道で会っても、無視せんでね。幸せにね」

彼が最後に私に言った言葉だった。それからりゅう君と会うことはなく、現在も彼の消息は不明だ。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『腐ったみかんが医者になった日』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。