到着ロビーでバゲッジを受け取ると、日本から予約したタクシーに乗り、ホテルまで送ってもらう。二か月前のパリよりもずっと冬が近づいている。午前五時にホテルにチェックインを済ませるも、まだ部屋には入れないから早朝の左岸を一人歩く。どの店もまだ眠っていて静かだ。このホテルはサン・ジェルマン・デ・プレ界隈からちょっとだけ離れている。彼に会う前に一つ二つの用事を済ませてしまおうと、サン・ジェルマン・デ・プレ方面に向かって歩く。

なにしろ二夜の旅だ。大通りを歩いていくと大きな教会が見える。そのそばにはメトロ(地下鉄)がある。一人で早朝をそぞろ歩いているうちに午前六時近くになった。大通りの朝のカフェがガタゴトと開店準備を始めている。すでにやっている店もあったけれど、どれだけ時間をつぶせるか自信がないな。ここは地下鉄に乗って東駅まで行こう。それからオペラ界隈で買い物を済ませて、ポンヌフを渡って彼の店に行こう。

まずは東駅Ⅴのコンコースにある雑貨屋を目的地とする。なぜなら、前回その雑貨屋で可愛いタンブラーを一個だけ買って帰国した時、「どうしてもう一つ買ってこなかったの。そうしたらお母さんと二人で使えたのに」と彩子から珍しくクレームがついた、そのタンブラーを買い足しに行くためだ。何時に開店するかわからないけれど、それまで東駅で時間をつぶそうと決めた私は二か月ぶりにパリのメトロに乗った。

そもそもパリにはパリ駅というものがない。主要駅は北駅、東駅、サン・ラザール駅、リヨン駅などで、各地方へ向かうと接続している。北駅からは出国手続きをして英仏海峡トンネルを抜ければ二時間でロンドンへ行くことができ、またベルギーのブリュッセルを通りオランダのアムステルダム行きの線もある。東駅からはドイツ国境のアルザス・ロレーヌ地方へ向かう。サン・ラザール駅からはフランス北部ノルマンディー地方へ、リヨン駅からは南フランス方面へ延び、三時間ちょっとでスイスのジュネーブへ到着する。

東駅は予想通りの雑踏だったが、私はメトロの東駅からの東駅改札まで迷わず行くことができた。そこはスターバックスコーヒーだけが開いていて、すでに長蛇の列だ。パリ市民は朝のパンとカフェを買うのに並んでいる。私もスタバで朝食をとることを決めて、中の席があいてくる頃合いを見計らって列に並ぶ。

もう、頼りは自分しかいない。順番が回ってきたのでドーナツとカフェ・オ・レを注文し、名前を告げて代金を支払う。朝は店も客も忙しい。フランス語もおぼつかない日本人は、時として店のスタッフも順番待ちのお客もイライラさせてしまうことを知っている私は、どうにか迷惑をかけずに済んでほっと一息つく。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『Red Vanilla』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。