社労士登録手続き・開業

一旗揚げるつもりで駅前に事務所を構えた。

社労士としての手続きを行い、最後に全国社会保険労務士連合会、県社労士会への入会金、会費等の入金を終え、登録を完了した。

社労士の試験に合格しても「社会保険労務士試験合格者」であって社労士ではない。そんなことは合格資料を見て初めて知った。

税務署にも青色申告の届け出を行い、いよいよ出発だ。全国社会保険労務士連合会の届け出書類に、事務所名を記載する箇所があり、大変迷った。

多くの先輩は、頭に苗字で○○社会保険労務士事務所としていた。私は、定年後は、今まで以上に大きく羽ばたこうと思っていた。

心臓を手術し、身体に不安はない。現役中は、会社は、体調の悪い私を気遣って無理をさせない配慮をした。

定年前は、専門職として専門分野のみ扱っており早帰りの毎日であった。そんな状態が、社労士試験を受験する切っ掛けになったと考えると病気に感謝しなくてはならない。

事務所の名称を決めるのに、時間はかからなかった。この事務所の名称は、過去に、私の失敗で、財産を失うことになったあの倒産した企業名にした。損した分は、開業してから早期に挽回するつもりで、財産を失うことになった「会社名」にしたのだ。

「一旗揚げる」の気勢はいいが、妻に対する負い目があることには変わりはない。損した分を取り返す。頑張らねばならないのだ。

専門が企業年金、退職金、定年に関係する法令であった為、まず目に留まったのが「助成金手続き」だった。

定年を六十五歳に就業規則を改訂すれば、当時は四十万円の支給額が支給される「中小企業定年引上げ等奨励金」である。マーケット開拓には自信があった。

私は、電話帳により、ア行から有限会社、株式会社等、企業内容は全く解らずに朝から、夕方まで、電話を掛け捲った。支給の要件は六十歳以上の社員が居り、現在定年が六十五歳以下の企業で一人以上の従業員が居れば良い。

「もしもし、社労士ですが。『中小企業定年引上げ等奨励金』の案内で電話しました」

手当たり次第に電話し、先方が忙しいときに電話して厳しく怒られたり、迷惑がられたりで散々な目にあったが、一日に一社の申請希望企業はあった。中には労務管理の件で長時間にわたり指導したこともあった。

先方の社長は、大変喜んでくれて、「無料でいいんですか」と、申し訳なさそうに聞いてくる。私は、その時初めて、私の社労士としての立場を理解し、会社勤めをしていた時は、長時間、時間がかかろうとも相手が理解するまで説明することが当然と思っていた。

今はその行為に対して「報酬」を受け取ることが出来る。専門知識を説明することが仕事であり「成果の対価」としての「報酬」である。

そんなことがあって、当事務所の「報酬規程」を社労士会のモデルに沿って作成した。過去においては、報酬は全国共通で決定されていたが、今は自由。

当事務所は、平均的な報酬を基本とし、最後に、企業業績により「面談の上決定」と記載した。