右手のロビーの片隅には喫茶コーナーが設けてあったので、そこで少しばかり引っ越しの思い出話をした。

「何かこのあと予定でも?」

と問いかけたのだが、恭子のほうはそれには直接答えず、

「残りの絵を見てから出口のところにおります」

と言いおいてロビーから元の場所に戻っていった。それぞれ残りの絵を順に見終えて出口で合流できたのだが、絵画展からの帰途でも、恭子への問いかけに応じての返事は出てきたような出てこないような、あいまいなままの状況だった。

それでも二人は並んで歩き、最寄りの駅に向かっていた。駅に着けば家路につくためそれぞれの電車に乗り込むことになるが、会場を出てからどちらから誘うでもなく、来栖と恭子は近くのカフェで再びお茶のひと時を持っていた。

普通は通り一遍の世間話を交えながら、コーヒーなどを飲んでいるうちに会話が途絶える時が何回か出てくるものだ。

そして最後に、「ではそろそろ」と、たいていは女のほうから腰を上げるのが普通なのだが、この時の彼女は喫茶店の椅子からどういうわけか立ち上がろうともしない。

それで来栖は恭子がまだ時間の余裕がありそうだと判断し、食事に誘ってみた。最近大改築して巨大モール複合施設も取り込んだ駅の東ウィング内に位置するホテルのラウンジで二人は引き続き夕食をとりながら話を交わすことになった。

真正面に座っている恭子を見て、彼女が言葉で応諾の返事をしないままラウンジまでつき従ってきたことで、これからの二人は一種共犯者めいた関係で親しみを深めていくことになるのかもしれないと予感した。

自然な成り行きといった態で、向かいに座っている彼女を改めて確認するといった気持ちになっている。

誘いをかけた言葉も短くそっけないもので、恭子のほうも相応の言葉を返したわけでもなく、それでいて二人は気がつけばごく自然にラウンジで座っていた。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『ミレニアムの黄昏』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。