あとがき 

ええ 私は生涯に六十余度生死をかけて戦いました 生死をかけた戦いのたびに私は生れ戦いが終わったとき私の生涯も終りました 私―武蔵は刃の下で生まれたイノチ 戦いが終れば勝っても負けても私の「生涯」は終わっていた 生死をかけて刃の下に向かうことをやめた私なんて武蔵ではない 武蔵の骸です 後年 「五輪書」という本を書いたあの高名な武道家ですか あのわけ知り顔の老人ですか あれは私とは全くの別人です 宮本武蔵は刃の下で生まれ刃の下で生きて刃の下で死んだ青春の剣士です。

べテルギウスと花の死

まだ息をしているらしき落椿

庭の黒土のうえに白い椿の花が一つ落下した

地球から640光年離れたオリオン座では巨星ベテルギウスが超新星爆発を始めた

ある日を境に大木が一斉に落花を始める 庭の一隅は白い花に覆われる

一つ一つの花弁を見ると落下して暫くは荒い息をしている それから深い息遣いになる

やがてひっそりと息絶える 小さな生の種子を残して

星の最期は壮絶な超新星爆発を伴う それは星の死の瞬間のきらめきである

ベテルギウスは70光年もある星屑の花びらになって飛び散っていく

それは潔い星の終わりであり あたらしい星の始まりでもある

星の死 花の死 そして人の死は一つのものであろうか

だが人はまだ星が教えるような人の死を死ねない 花が教える花の死のように人は死ねない

人はただ愛をかなしみ哀しみをかなしみ泥のようにもがいて生きて死ぬことしかできない

夜 庭一面の落花が月光に照らされている

それは渚に打ち寄せるさざ波のようにも見える

べテルギウスの放つ惑星状星雲の死と生の輝きのようにも見える

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『あらかみさんぞう詩集 天人修羅畜生餓鬼地獄』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。