「私の出勤前のことで」

「ふん。だからお義理でやるパトロールなんて何の役にも立たねえのさ」

あの大柄な老婆と同じ様なことを言う。

「仕事を断れよ。私の手にはあまります、とか言ってさ」

「そういうわけにはいきません」

「どういうわけならいいんだ。大体てめえなんかもう隠居してりゃァいいんだ。てめえみたいなジジイがのさばっているから、若い者の仕事が無くなるんだ」

「私にも事情がありますから」

「何だと!」

大声をだしたが、不意に立ち上がった。

「よく考えとけ」

捨て台詞を吐いて柵を乗りこえ、公団住宅へ入って行った。ホッとした。小笠原老人が来てくれたのだ。

「寒くなってきましたね」

小笠原老人はベンチに腰を下ろした。

「はい。どうも、今日も有難うございます」

「向こうで見えました。大村氏ですか?」

「はい。今朝方、ここで鳩の死骸が見つかったのを聞きつけたのだと思います。早速やって来ました」

鳩がやってきた。老人の足もとに三羽近づいては離れてゆく。

「大村氏と同じようなことを言う女性は来ませんか?」

「はい、来ます。ゴマ塩のロングヘアの大柄な、六十代でしょうか……」

「長谷川さんといいます。一緒に小柄な女性も来ませんか?」

「来ます。長谷川という女性の陰にかくれる様に」

「田中さんです。年齢は二人共六十三の同い年です。どうも田中さんは長谷川女史にいいように使われているようで……」

鳩が入れ替わった。二羽が下りてきて、先に来ていた三羽が飛び去った。

「あの方達は私が目障りなようです」

「大村氏と長谷川女史はこの近所では有名な人でして」

小笠原老人は笑った。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『鳩殺し』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。