ポンヌフの碧き沈黙夜の秋

翌日の五日目は、帰国日だった。その日は予定を特に入れていなかったため時間にゆとりもあり、私は正午にレストランのムッシュにお詫びとお別れを言いに行くことができた。ムッシュは笑顔で私に幾度も「元気(サバ?)?」を言い、私が「元気(ビヤン)よ」と答えると握手を求めてきた。

間もなく、サービスだからと四日目と同様に食前酒が出される。私にはゆっくり食事をする時間はなかった。それでティラミスだけを注文した。

「昨夜はごめんなさい。来られなくて」

それ以上はうまく説明できなかった。言語ができないことは本当に罪だ。それでもムッシュはにっこり笑って、気にしていないよ、と首を振ってくれた。私はすぐに、今日帰国すること、午後三時にはシャルル・ド・ゴール空港に行かなければならないことを告げた。彼はそれを聞くと驚いて困惑の表情を見せた。残念そうにしていたが、私が記念写真を求めると快く応じてくれた。

「ちょっと待っていて」

ムッシュが手をあげて私にそのまま待つようにとの仕草をしている。私は自分の申し出が通じた安心感とともにほんのちょっとのあいだ席で待っていた。間もなくコーヒーカップを手にしたムッシュが戻って来た。まあ、わざわざ時間をとってくれたの。こういうのをお洒落と言うのかしら。彼はデミタスのコーヒーカップにスプーンをくるくるさせながら、私の隣に腰かけ、若いスタッフに私たち二人の記念写真を撮るように頼んでくれた。

私が寂しい顔をしていたのだろうか。にわかカメラマンから「スマイル!」と英語で声をかけられる。ムッシュは私の背中に手を回し、私たちは寄り添って写真のフレームに納まった。

「ありがとう」

私は笑顔でカメラを受け取ると、間もなくムッシュは席を立ち仕事に従事し始めた。そこまでは、名残惜しさを伴った楽しいパリの思い出だった。