読書家で知識の多い患者さんには、有名な作家の言葉が効きました。その患者さんは長年耳鳴りがあり、耳鼻科で何度か調べてもらっても特に問題なく、処方薬を服用し続けています。その方は、「ほかの人にはわかってもらえない症状ですが、仕方がないのでしょうね」とつぶやきます。

私は、最近読んだ五木寛之の『孤独のすすめ』(注1)からの抜粋を紹介しました。「年を取ってきたらいろいろ体に不具合が出てくるが、それは『あきらめる』のが良い、あきらめるとは『明らかに究める』ことである、と書いていましたよ」と紹介すると、「『明らかに究める』ね。それは良い言葉ですね」と納得されました。

私からすると、専門ドクターの意見のほうが医学的には正しく、信頼すべきと思いますが、「有名な人が言った」というのは影響力があるのでしょう。

ちょっと話がずれますが、女優さんが宣伝している化粧品の人気と同様な感じがします。女優さんは綺麗なので化粧品の広告に使われるわけですが、テレビのコマーシャルを見ると、まるでこの化粧品を使うと女優さんのように綺麗になれるような感じを起こさせます。どう考えても原因と結果が逆のような気がしますが。やはり有名人の影響力は大きいということでしょう。

このように、どう言えば患者さんに納得してもらえるかと四苦八苦している私ですが、たまにすんなり聞き入れて実行してくれる方もいます。

先日、高齢者の患者さんが、「最近、体重が2 kg増えました」と報告してくれました。「どうして増えたのでしょうね」と聞くと、「先生にお肉を食べるようにと言われたので、頑張って食べるようにしました」というお答え。そういえばこの方は体形がスリムで、食思(しょくし)低下(ていか)気味、血液検査でも貧血気味でした。

そこで私は2ヵ月ほど前に、「お肉を食べると鉄分も補給されるので、貧血にも良いですよ」とアドバイスしていました。普通にアドバイスしただけでも、こんなに素直に真面目に聞き入れてくれるなんて、と感心し、ちょっと驚きました。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『認知症のリアル 時をかけるおばあさんたち』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。