ポイント解説

世界がターゲット 

仲井眞が知事に就任するにあたって、2006(平成18)年12月の一期目から一貫して最重点政策に掲げてきたのは10年後を目途に「観光客年間1千万人、外国人100万人達成」を目指して、「観光産業を沖縄経済のリーディング産業」と位置づけ取り組んできたことだった。その結果、知事就任1年目の2006年度の観光客数は約563万人だったが、知事退任時の2014年度には717万人となり、県政が変わっても観光客数は好調を続け、2018年度にはついに1千万人を達成した。

観光政策に対する仲井眞県政の基本姿勢は「ウチナーンチュのホスピタリティーと自然を活かした世界の観光都市」(一期目公約)、「国際的な観光リゾート地の形成」(二期目公約)、「世界水準の国際観光・リゾート地域の形成」(三期目公約)で世界をターゲットにした観光地をつくり出すことだった。

仲井眞が知事に就任して、まず観光政策で手掛けたのが2007年度の「ビジット沖縄計画」だった。この計画は「将来の観光客1千万人、観光収入1兆円を目指して」との副題が付けられ、従来の「沖縄観光振興基本計画」や「沖縄県観光振興計画=沖縄振興計画の分野別計画」のもとで年間の具体的な誘客行動計画を策定すること─と位置づけ、具体的な誘客のための重点項目として、

(1)シニアマーケットの拡大

(2)外国人観光客の誘客促進

(3)コンベンションの誘致促進

(4)リゾートウェディングの推進

などであった。

「ビジット沖縄計画」はその後、毎年策定されているが、仲井眞県政で策定された「沖縄21世紀ビジョン」(2010年策定)、「同基本計画」(2012年から10 年計画)でも観光産業の振興を重点事項とし、その内容は、いずれも「2021年度までに入域観光客数1千万人、観光収人1兆円を達成すること」を目標に掲げた。特に沖縄21世紀ビジョン基本計画では、沖縄県全体の圏域別の実施計画も取り入れられ、各離島、市町村を含む沖縄全域の取り組みが実施に移された。

この間、2008年のリーマンショック、その後の世界的・全国的な景気低迷、新型インフルエンザの流行、2011年の東日本大震災などの影響をもろに受けたが、その後の全国的な景気の回復、県内受け入れ体制の強化などで観光客数は好調に推移している。なかでも日本政府が実施したノービザ制度は、中国をはじめ東南アジア、欧米諸国からの訪問に拍車をかけ大きなプラス要因となっているし、大型クルーズ船の寄港も好調な沖縄観光の押し上げ要因となっている。

このような観光客数の増大に対応するため仲井眞県政がいち早く手掛けたのが那覇空港の大幅改造、規模拡大、そして全国的な各航空路線の誘致のほか、東南アジアを中心にした世界各地からの航空機の乗り入れ拡大を図る「アジア・ゲートウェイ」構想だった。

仲井眞は知事就任とともに中国や台湾、香港などの東南アジア各国を訪問し、誘客を呼びかけるトップセールを実施。同時に受け入れ体制の強化を図るため、まず那覇空港の国内線、国際線、LCC、連結の各ターミナルビルの整備・拡大を始め、駐車場ビルの増設など次々と那覇空港整備事業を実施した。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『自立自尊であれ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。