第一章 社会は変わる、変わるから新しい時代となる

日本人の時、時代の捉え方

日本は春夏秋冬の季節がはっきりする自然環境下にあり、太陽の光や雨に恵まれていることから米作りに適しています。日本人は春に稲の種付、秋に米の収穫を行う水耕定着民族となる必然性がありました。

米作りを行う日本には、時と農業を絡ませた故事、諺が多く残されています。代表的なものに「冬来たりなば春遠からじ」があります。この故事は寒い地域の人々が、暖かい春を待ちわびる気持ちを表わしていますが、同時に農民が米作りを始める前の、豊作への思いも込められています。

また「明日は明日の風が吹く」があります。この故事は、クヨクヨする生き方を諌める時に使いますが、日照り続きの天候は、御免こうむりたいと願う農民の豊作への気持ちが込められた故事にもなっています。

自然の四季がはっきりし太陽や雨に恵まれた環境下では、私達の祖先が放牧でなく、水耕定着民族となる必然性がありました。日本人が米作りで感じる時への内容を分析してみると、時に対し鷹揚であり、同時に受け身の姿勢になっています。

日本人の時への受け身、鷹揚な態度を古く古代の文書、神話に遡ってもみることができます。日本の神話で最古の文書は「古事記」と言われていますが、古事記の中の「神代記」では、日本の夜明けの様子を「天地初めて発けし時」と記しています。

この世の始めの記述が「天地初めて発けし時」とだけの簡単な説明、この記述は、時の始めへの詳細な説明がなく、終わりの記述もありません。だが、世明けの説明が判然としないものの、日本誕生のそのとき、天之御中主神を始め三神がいたとだけは記されています。

生きている人間にとってこの世の始まりと終わりは分かり難いものですが、その分、人々の強い興味の対象となるものです。

それを「天地初めて発けし時」だけで済ます日本人の感覚は、時、時間に鷹揚さとおおらかさを感じさせますが、同時に本質や根本原理を究めようとしない日本人の性格を、よく表しているとも言えます。

また、私達は日常の会話で「過去を水に流す」という言葉を使います。嫌なことは早く忘れるに越したことはありません。しかしこの言葉は物事を深く考えず反省を欠く生き方にもなります。

日本人の時に対する鷹揚さ、受身の姿勢は、長い時間や広い空間の視点を採り入れない「いま、ここ」の精神に繫がっており、これは哲学を敬遠する姿勢にも繋がっています。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『特性を活かして生きる』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。