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名古屋陸軍幼年学校

昭和十九年六月十七日には井口基成(ピアノ)、巌本真理(バイオリン)、斎藤秀雄(チェロ)の黄金トリオが名幼を訪れ、生のクラシック音楽を聞かせていただきました。これは同じ上野音楽学校出身の田村範一教官の斡旋によるものでした。曲目は覚えていませんが、ベートーベンのピアノ協奏曲かチゴイネルワイゼンがあったような気がします。ハーフの巌本真理の端正な美しい顔と黒っぽいドレスが印象に残っています。

幼年学校の情操教育の一環でありますが、一般社会では決してできないイベントのように思います。

午前の学科は、中学と同じですが、私がとくに好きだったのはドイツ語の中澤武雄教官でした。それは単なる語学ではなく、ドイツ文化についていろいろと教えられました。ゲーテ、ハイネ、シューベルトなどの歌曲を反復して歌わせられました。こうして「菩提樹」「魔王」「二人の擲弾兵」「辻音楽師」などの歌曲を、全員がドイツ語で歌えるようになりました。

過去は、何事も美化されて、その一部が記憶に残りますが、それでも幼年学校三年間の教育は、人格の養成に貴重なものだと思います。

戦時下で中学生が勤労動員で働いているとき、こうして現在でも見られない超一流の教育を受けたのです。十三歳から十六歳までの多感な少年期の人間形成には、この上なく恵まれていました。それが後の健康長寿につながっているのです。

それは、自立、規律、運動、死生観などです。

自立:高齢者では、自分のことはすべて自分でするという気持ちを持つことが大事です。老化の進行とともに、さまざまな病気や障害でケアを要することになりますが、要介護の時期をできるだけ短くすること、それが健康長寿の根幹となります。

規律:幼年学校では起床から就寝まで、時刻ごとの規則正しい生活を送りました。それを高齢者でも実践すべきです。私は、起床は午前六時、就床は午後十時にしています。年金暮らしでとくに仕事はありませんが、日常生活も時刻で決めています。

運動:高齢者では、体を動かすことが大事です。運動習慣は万病薬としての効能があるといわれます。運動の基本は、体操です。名幼では、玉川大学からインストラクターを招請し、デンマーク体操を生活にとり入れました。それは体全体を律動的に動かす有酸素運動で、ラジオ体操やテレビ体操に近いものです。毎日行ってきたので、自然に身についたものになりました。

今でも、朝、起床時から四十分、この体操をとり入れた自己流の体操を行っています。歩くことが、高齢者では重視されています。ただウォーキングはなかなか習慣とはなりにくいものです。ところが幼年学校では何があってもすぐ行軍でした。長く歩くことは当たり前のことで苦になりません。しかし世間ではウォーキングに馴染めない人がたくさんいます。

死生観:軍人は死ぬことを、恐れてはなりません。戦局がきびしくなると、名幼でも鈴木鉄三校長閣下はじめ数名の生徒監が比島へ、沖縄へと出征され、すべて還らぬ人となりました。それは無言の教えでした。軍人の最期は潔くあるべきです。先の戦争は無謀でした。三百万人の惨めな死がありました。

昭和二十年三月十日の東京大空襲では、一夜にして東京は焦土となり、十万の人たちが死亡しました。平和な世の中になって、平均寿命が八十歳を超えても、延命治療を望み、何歳までも長生きするのは、戦時中に亡くなった多くの人たちに申し訳ない気持ちがあります。

以上を要約すると、幼年学校三年間の生活は私の健康長寿に大きな影響を与えてくれました。とくに自立が大切です。高齢者がどんな状況にあっても屈することなく、自分自身の道を開拓する勇気を身につけるようになったと思います。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『健康長寿の道を歩んで』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。