〈夫と子どもたち〉

夫は、子どもが自分の意思で動くようになる小学生のころから、あまり関心がなくなっていったように思います。たぶん、子どもの動きが予測できなくなって、手に負えなくなってきたのだと思います。

そしてときには親に反抗もしますし、機嫌の悪いこともあります。そんな子どもたちの言動を、夫は自分の機嫌によって怒ったり、無視したりしました。

決して一貫した方針があるというわけでもなく、単に自分のゲームの邪魔だから怒るとか、邪魔になっていないから何も言わないとか。普段は子どもに話しかけることもほぼない夫でしたが、子どもがゲームに関心を示し、喜んで見ているようなときは一緒に楽しそうに時間を過ごしていました。

それでも、一緒に遊ぶというよりは、自分がプレイしている様子を子どもに褒められると嬉しいというような反応でした。いつも子どもと過ごすときはこんな感じで、自分の趣味に子どもを付き合わせる。野球やサッカー観戦に連れて行ったり、サンバの撮影に連れて行ったり。

子どもが喜びそうな場所に連れて行くとか、家族でハイキングや海や公園で過ごすというような行動はしない人でした。たまに遊園地やプールに家族で行くことになるのですが、子どもの聞き分けが悪いとか、渋滞に巻き込まれるとか、待ち時間が長いとかという些細な出来事で夫の機嫌が悪くなり、子どもに当たったり、途中で帰ることになったりしたことも多々あります。

そのたびに、子どもと夫の間に入り、子どもに被害が及ばないように守ってきました。それが夫には気に入らなかったのだと思います。私はいつも子どもに甘いダメな母親と言われていました。

子どもに対する対応について、私は夫に何度も話をしました。子どもはこんなもので、思うように動かないのは当たり前。それを理解せず、いちいち感情だけで怒っていたのでは子どもにも悪影響だと。次回はもっと臨機応変に大人の対応をしてほしいと。

こういう話をすると決まって、

「それならもうお前が一人で連れて行け。一人で好きなように育てろ。俺はもう知らない。いつもお前は子どもに甘い。だからあんなふうに聞き分けが悪い子どもに育ったんだ」

と言うのです。話し合いにはなりませんでした。いつも持論の押しつけでした。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『カサンドラ症候群からの脱却』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。