第1章 なぜ本を読むのか? 本の意味

“読書ジレンマ”とは

「読むのは仕事だけで十分。だったら映画や動画サイト、音楽の方がまだ気が休まる」と考えるのは無理からぬことです。よくわかります。しかしながら、どんなに忙しかろうが、どんなにデスクワークをこなしていようが、読む人は読みます。何が本人をそうさせているかといえば、当たり前の結論で恐縮ですが、読みたい衝動を抑えられないからでしょう。

村上春樹さんも、『村上T』(マガジンハウス)のなかで、「本を読む人は雪が降ろうが蝉が鳴こうが、たとえ警察から『読むな』と言われても読むし、読まない人は何があったところで読まないんだから、……」と述べています。

なぜ私は、本を読むことを考えているのでしょうか? 本と向き合おうとしているのでしょうか? 

「そんなのあなたの勝手でしょ」と言われれば、それまでなのですが、そういうことを整理しておかないと、次に進めないような気がします。そこで、私の読書へのジレンマについて思うところを述べておきます。

本を読む理由を本を読むことで考えたい

ジャンルにもよりますが、読書の動機の筆頭は、おそらく「知らない情報を得て、知識として吸収したい」ということではないでしょうか。もちろん人によっては、作者をもっと知りたい、空想に浸りたい、暇つぶしというような理由もあります。それぞれが、それぞれの目的で本を読んでいるわけですから、他人がとやかく言うことではありません。

本を読む人からみれば、たくさんのメリットがわかっているから読むわけで、読まなくてもそれほど不自由しないと割り切ることができれば、読まない人は基本的に読みません。村上さんもそう言っているのだと思います。情報や知識を得るためのツールがこれだけ氾濫している世のなかですから、自分に合ったやり方で、やりやすい媒体を用いて知ってもらえれば、それでいいのではないかという気がします。