2007年

ストライキ

フランス中を熱狂させたラグビーワールドカップも終わった十月の週末の朝八時、サン・マロで日本や中国に帰る人々を見送った後、田舎道をレンヌのアパートに向かって車を走らせているとようやく朝日が昇ってきた。

あたりの牧草地には霜が降りて一面真っ白。靄が木々の合間に漂い、幻想的な風景に思わず車を路肩に停めて見とれてしまった。車の温度計を見ると零下一度、今季初めての氷点下だ。ヨーロッパはこれから憂鬱で長く暗い冬に入る。

さて十月十八日にフランスでは大規模な交通ストライキがあった。在仏の邦銀事務所が毎日発行する金融ニュースには次のように報じられていた。

十八日には全国で大規模な交通ストが行われる。仏国鉄(SNCF)とパリ交通公団(RATP)ではすべての労組がストに参加しており、ほぼ全面的な運休になるものと予想されている。

ダイヤの乱れは十七日夜から始まる見込み。労組はこれらの国営企業等の職員に適用される年金特殊制度の改革に反対している。

サルコジ大統領にとっては五月の就任以来最大の労使争議を体験することになり、今後の行方が注目される。

パリではなく地方に住む私は毎日車で通勤しているので交通ストはあまり影響はないのだが、今回ばかりは気をもんだ。

十九日にサン・マロで、会社が主催する小集団活動(数人単位でグループ編成し、職場の改善に取り組む活動。工場部門に限らず、営業や技術、事務など全部門で行われている)の世界大会が開かれることになっていたからである。

同じ世界大会でもラグビーのワールドカップとは比べるべくもないが、全世界のサンデングループ会社の各地域での予選を勝ち抜いたグループが改善活動世界一を競う大会で、二年に一度(当時)開催される。

三回目の今年はフランスが開催国だった。今回は日本、中国、シンガポール、イラン、インド、アメリカ、フランス、ポーランドから十四チームが参加した。

私はその運営プロジェクトの一員だった。フランス国外からの参加者約八十名、フランス側から約九十名が出席する大会を成功裏に終わらせなければならない。

だからフランス国鉄やフランス電力など国営企業が十七日にストライキをするというニュースを聞いたときにはプロジェクトメンバー一同頭を抱えたのだった。

十九日の大会に参加する海外からのチームのフランス到着が、十七日に集中していたからだ。

何せ、パリのシャルル・ド・ゴール空港からレンヌまではTGVで二時間、そこから開催地サン・マロまで車で一時間である。どうやって移動手段を確保しようか……。

幸いにして結果的にはストが十八日にずれたおかげで大きな影響を受けずにすんだ。

日本では最近とんとお目にかからなくなった交通スト、フランスでは頻繁に行われるようだ。

「二十年ほど前までなら違ったが、いまの日本で交通ストなどしようものなら国民の非難の大合唱にさらされる。フランスではどうして非難の声が上がらないのだろう?」

とフランス人に聞いてみると

「う〜ん、迷惑だし非難したい気持ちもあるけれど、自分達もストライキをする権利を持っているし、そうなればお互いさまだから」

という返事だった。そうなのだ、交通機関など国営企業や教師、郵便局など公務員もしょっちゅうストライキをする。どうやらフランスではストやデモが国民的行事の一つなのである。

そしてある種の共感をもって迎えられるというのだから驚いた。

デモも、おだやかに警察当局に許可を得た決められたコースを整然と歩くだけの昨今の日本のデモとは違って、ときに警官隊と衝突する事態にもなるのがフランスだ。

日本人駐在員には「決して興味本位にスト見物などには行かないように」という通達が必要になる。

フランス文学者の西永良成氏の『変貌するフランス』にはこうある。

フランスでは公務員までがスト権を持ち、高校生たちですら全国規模の統一ストを行うことも珍しくない。そのために、ストライキに入る者たちを「不逞(ふてい)の輩(やから)」とか「恩知らず」などと見なす風習はないし、デモも道路交通法違反などという形式的な法律を楯にやたらと取り締まる習慣もない。

そして、デモやストが法的・社会的に認められた正当な権利であるからには、だれもその権利を行使することを咎(とが)められない。国家は国民の権利を尊重するからこそ公権力を行使できるのだし、労使関係もまた同じく双方の権利の尊重のうえに立ってはじめて成立すると考えられているからだ。

私の会社でも一昨年、昨年と給与交渉でストライキ騒ぎがあった。最初はあわてていた日本人経営陣も「これが日常的な光景であれば別にあわてなくても正当に対峙すればいいのだ」と腹をくくったのだった。

何せ会社には四つの労働組合があり、それぞれが要求する賃上げ交渉に臨まなくてはならない。

さて各国に帰る人の交通の心配があるため、TGVのストは大丈夫かとストのあった十八日の翌日の新聞を見ると、ストライキではなくサルコジ大統領とセシリア夫人が背を向けた写真が一面を飾っていた。

サルコジ大統領の離婚のニュースだ。

フランス人にとっては日常茶飯事のストライキより大統領の離婚のほうが大ニュースなのだろう。国民の関心を逸らすためにあえて大統領サイドが交通ストの日に発表したのだといううがった見方もあるが。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。