第一章 宇宙開闢かいびゃくの歌

会場のざわめきがにわかにトーンを上げ始めた。ビヨルテンボルグが再び詰め寄った。

「監督、我々はこの映画にただならぬ気配を感じてこうして全世界から集まったのです。世界に向けて、何か発信していただかなければ立つ瀬がありません。あなたは今、製作意図などないとおっしゃるが、果たしてそんなことで映画が撮れるものでしょうか。その日本人俳優はあなたにどのような影響を与えたのでしょうか? おっしゃってください」

「ただ今、私が製作意図などないと言ったのは、先程のハービク所長の答えと矛盾するものとお考えのようですが、そうではありません。私の脚本を十分に読んでいただければ、意図は伝わるはずです。

そのことをこの席で説明しようにも言葉では表現しようがないのです。昔から東洋には以心伝心(いしんでんしん)という言葉があります。我々はその以心伝心によってここに集まり一つにまとまり活動しているのです」

壇上のインド人プロデューサー達も頷きあった。

「ではそのきっかけを作った俳優は監督に、ハマーシュタイン氏にどういう働きかけをしたのか知りたいと思います。彼に会わせてください」

涯は隣のハマーシュタインと小声で話を始めた。ハマーシュタインはハービク所長を呼んで何かの指示を与えた。うなずいたハービクは部下の一人をスタジオに向かわせ、取材陣に向かってこう切り出した。

「皆さん、涯監督にこの映画を作らせた俳優は残念ながらこの席にはいません。涯監督もその俳優のことをこれ以上公(おおやけ)にしてほしくないと言っておられます。それでも不満を覚えられる方のために、こういたしましょう。その俳優によく似たインド人俳優をここに呼びました。彼のいでたちから『婆須槃頭』を想像してみてください」

ホールの後方のドアが厳かに開けられ、一人の男優が扮装のまま会場に現れた。驚いたのはその後からもほとんど同じ扮装の男優が二人引き続いて現れたのだ。笹野と内山は昨日取材した婆須頭槃と彼らの容姿がひどく似ていることに気づいた。

三人の男たちは昨日の婆須槃頭と全く同じ扮装をして目の前を通り過ぎていく。まざまざと昨日の取材の印象がよみがえった。会場の報道陣のどよめきの中、かき分けるようにして進んだ三人の男たちは、涯監督たちに背を向ける形で報道陣に向き合った。

報道陣のカメラのフラッシュがせわしく瞬いた。