ところが今回は年長の同僚でもある高梨の引っ越しを知った何人かの職場の人間がどういうわけか自発的に手伝いを申し出たのである。それも彼が来栖たち、少し若い同輩よりも地位が上なので部下が駆り出されるといった体のものではなかった。

おそらくは高梨が職場でいわゆる無難なタイプとして敵も作らず逆に親しすぎる友達もいないというキャラクターの持ち主であったため、同僚の一人が軽いノリで助力を申し出、その好意の輪が職場で広がっていく雰囲気が出来上がったのだろう。

仕事上抜きんでることもなく落伍者でもなく、極端にいえば目立たず、毒にも薬にもならない存在であったほうが当時の来栖の職場では周りから好意の目で迎えられた。

来栖たち手伝いの者が高梨宅に着いた時には大きな家具から小物の梱包まで、引っ越し作業そのものは兄夫婦の助けを借りたということで殆ど済んでいた。

素人の仕事だというのは包装や紐・ロープのかけ方でわかってしまったが、引っ越しの準備作業そのものは手際よく進められていた。

来栖たちの仕事というのは家の前に手回しよく用意されていたレンタルトラックに台所用品やその他の小物も含め、家具一式を積み込むのが全てという状況だった。

運転手役を引き受けた高梨の兄が引っ越し先での荷の積み下ろしや搬入についても、手伝いを既に手配してくれていた。

積み込みを担当した来栖たちは大型の家具や電化製品を積み込んでから小物を積む前にひとまず休みを入れた。その折に自己紹介も夫の紹介もないまま、

「今日はわざわざお手伝いに来ていただいて本当にありがとうございます。助かります」

と手短に挨拶し、お茶菓子を出してくれた女性が高梨の配偶者だった。

その時が恭子との初めての出会いといえば出会いである。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『ミレニアムの黄昏』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。