高齢期の幸福について考えてきました。幸福感の上昇(加齢のパラドクス)、身体の若返り、知能や精神の発達、そして実は、(六五歳まで健康で生きた人の)健康寿命は男女とも八〇歳を超えており、「老後資金二千万円」もかなり疑わしいという説についても述べました。

要するに、高齢期には幸福感が上がっていくし、健康面や経済的側面を見ても幸福感の高い高齢期を実現する条件は揃っているということです。その上で参考にしていただきたい、幸福な高齢期を創っていくための「六つの課題」「四つのステップ」という考え方をご紹介しました。

私がお伝えしたいのは、端的に言えば、条件が揃っているのだから早くご自分の幸福な高齢期に向けて具体的な行動を起こしてほしいということなのですが、ハードルが一つ存在しています。

「子どもや孫が幸せなら、それで十分」という言葉に象徴される、子や孫に対する遠慮、自分だけ好き勝手にするのは申し訳ない、みっともない、年寄りは控え目にすべきという考え方です。

周囲の子ども世代には「もういい歳なんだから、余計なことをせずにジッとしておいたら?」とか、「何かアクションを起こされて、面倒なことになっては困るな」といった現状維持を望む心理があるように感じます。そして、子世代と親世代の認識ギャップもなかなか埋めがたいものがあります。

しかしながら、そのハードルを飛び越えて、幸福長寿を実現してほしい。その方法として、高齢者自身にも、次世代にも提案をしたいことがあります。それは、本書のタイトルにもなっている「集まって住む」ということです。集まって住むことは、高齢者にも子世代にも大いにメリットがある。そのことを、次回で詳しく見てみたいと思います。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『年寄りは集まって住め』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。