2016年の6月初旬に話を戻します。突然ケアマネージャーから、「お父さんが脳の病気で意識が混濁しているから、救急搬送します」との電話連絡が入りました。

まだ受け入れの病院も決まらないままにタクシーに乗ったまま、いつでも移動できるように待機していたときには、まだなんの感情も湧きませんでした。まさかそれが最期になるとは思わず、けれども、どうしようもなく胸の内でざわつく思いを必死に打ち消して、考えないようにしていました。

受け入れの病院が決まり、待ち構えていた私の前に、入ってきた救急車からストレッチャーで降ろされた父の顔は蒼白でした。私はそこで初めて事態の深刻さを認識したのです。左半身はすでに麻痺した状態でした。まだ動く右手で父は、ものすごい力で私の手を握り締めました。あれは私に対してではなくて、生きることにしがみついたのだと思います。

毎日、面会に通い、冷たくなった父の手足をさすり続けました。私たち父子がそうしているあいだも、入所の順番待ちをしている人がいるので、父の介護老人保健施設を解約しに行きました。父がお世話になっていた介護老人保健施設も、特別養護老人ホームほどではないにしろ、空きが出るとすぐに埋まってしまうほど入所希望者が待機していました。現在はもっと入所希望者が待機していると思います。

ケアマネージャーが私の顔色を見て、「あなたが倒れてしまうから」と、荷造りを手伝ってくれました。

病院へ戻り、父の傍へ行くとなにも話せず、ただ動くほうの手で私の手を握り返しました。その手の力がだんだん、だんだんと弱くなっていくのを感じ、「本当に最期なんだ」と知りました。

思えば、父と手をつないで歩いた記憶もありません。父は非常に不器用な性格で、私に対していってほしかった言葉も、人に対するねぎらいの言葉も声に出していってくれたことが、生涯でただの一度もありません。「ありがとう」も「すまんな」も全部全部入っていたよね。

娘に人生のお終いに、手足をさすってもらってうれしかったよね。

父の呼吸が、徐々に浅くなっていくのを感じていました。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『花びらは風にのって』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。